私たちはスライム(資本)に奉仕している
前回までの話で、労働者と消費者がスライム(資本)に奉仕する存在であることが分かっていただけたかと思います。
また、スライムのパイロット(機能資本家)も、操縦をすることでスライムに奉仕していると言えます。
ただし、成功したパイロットはスライムから大きな報酬を得ていますから、スライムから利益を得る側の人間ですね。*1
スライムにとって都合のいい労働者や消費者はスライムに貢ぐ側の人間です。
労働者はスライムに奉仕して何を得る?
労働者はスライムに奉仕して何を得るでしょうか。
普通に考えれば賃金ですよね。
賃金は、①労働者が生きるためのコスト、②労働者が心身のメンテナンスをするためのコスト、③労働者が新たな労働者を産み育てるためのコストの3つをまかなうためのお金です。
賃金は奉仕の対価か
①生存コスト
労働者が生きるためのコストの主要なものは食料費ですよね。*2
仮に貴方が畑を耕す耕運機だったとしましょう。
耕運機の食料はガソリンです。*3
貴方が一生懸命に畑を耕して農場主に奉仕したら、ガソリンが無くなりました。
すると農場主がガソリン代を払ってくれたので、またガソリンを満タンにすることが出来ました。
このガソリン代は奉仕の対価でしょうか?
違います。
農場主が耕運機にガソリンを入れるのは当たり前のことであり、農場主側の都合でしょう。
「やった!一生懸命働いたらガソリンを入れてもらえた!」と喜んでいる場合ではありません。
生存コストは奉仕の対価ではないのです。*4
②メンテナンスコスト
心身のメンテナンスをするためのコストは、仕事のストレスなどで心身の健康を損なった時に回復するための費用です。
怪我をしたり病気になれば病院代や薬代がメンテナンスコストに当たりますし、またストレス解消のための遊興費や娯楽費なども同様です。
耕運機で言えば、壊れた時の修理代、消耗部品の交換費、機械油の代金などがメンテナンスコストですね。
これは奉仕の対価でしょうか?
違います。
調子の悪くなった耕運機を農場主が元に戻そうとするのは当たり前のことであり、農場主側の都合です。
同様に、すり減ったり壊れたりした労働者を元に戻すための費用をスライムが払うのも当たり前のことです。
「やったー!一生懸命働いたらストレスめっちゃ溜まって病気になりそうだけど、ストレス解消のための居酒屋代を出してもらえた!」などと喜んでいる場合ではありません。
メンテナンスコストは奉仕の対価ではないのです。
③再生産コスト
スライムは、労働者が新たな労働者を産み育てるためのコストを賃金に含めて支払っています。
いわば労働者の再生産コストです。
これは耕運機で考えるとどうなるでしょうか。
耕運機が完全に壊れて使い物にならなくなったら、農場主はお金を出して新しい耕運機を買いますよね。
この時に支払うお金が再生産コストに相当します。
壊れた耕運機は「やったー!一生懸命働いた俺はもうお払い箱になるけど、新しい耕運機を用意するためのお金を農場主が払ってくれたぜ!」と喜ぶべきでしょうか。
そんなわけありませんよね。
農場主が新しい耕運機を買うのは当たり前のことであり、完全に農場主側の都合です。
再生産コストは奉仕の対価ではないのです。
労働者は何を得ているのか
賃金がスライムへの奉仕の対価ではないとすると、労働者は労働によって何も得ていないのでしょうか?
私たちは耕運機と同じように、ただガソリンを入れられ、メンテナンスを受けて働いているだけのロボットなのでしょうか?
そんなことはありません。
労働者が得ているものはあります。
それは、一言で言えば“やりがい”です。
私たちは仕事をすることで“やりがい”を得ています。
スライム側が(上司を通じて)労働者を褒めたり高く評価したりすることで明示的にやりがいを与えることもあるのですが、私たちが得るやりがいの大部分は仕事それ自体が誰かの役に立っているという実感から生じます。*5
つまり、スライムが労働者にあてがう仕事さえ適切なものならば、特にコストをかけなくても労働者は勝手にやりがいを感じてくれるわけです。
スライムにとってはお得ですね。
やりがいのない仕事=ブルシット・ジョブ
しかし、世の中には全くやりがいの無い仕事がかなりあるようです。
デヴィッド・グレーバーの著書「ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論」によれば、自分の仕事には意味が無いと感じている労働者が37%~40%もいたそうです。 *6
ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論 | デヴィッド・グレーバー, 酒井 隆史, 芳賀 達彦, 森田 和樹 |本 | 通販 | Amazon
普通に考えれば、スライムがお金を払って何の役にも立たない仕事をさせることなどあり得ないはずですよね。
しかし実際に、何の役にも立たない仕事をして給料を貰っている人がいるようなのです。
なぜそのようなことが起きるのかが知りたい方は、ぜひこの本を読んでみてください。
ブルシット・ジョブの具体例が実際のエピソードとともに豊富に語られていて、非常に面白い本です。
ブルシット・ジョブは給料が高い
グレーバーによれば、社会の役に立つ仕事ほど賃金は低くなり、意味の無い仕事ほど賃金が高くなる傾向がはっきり見られるそうです。
明らかに社会の役に立つ仕事、たとえば保育士や介護士、ごみ収集人のような仕事は最低限の賃金に抑えられているのに対し、何の役にも立たないブルシット・ジョブには高額の賃金が支払われるのです。
この事実は、何の意味もやりがいも無い仕事を労働者にさせるためには大幅な賃金の上乗せが必要なことを示しています。
たとえば、50音を紙に書いては捨てるということを延々と繰り返す仕事と保育士の仕事とのどちらかを選ばなければならないとしたら、給料が同額なら50音の仕事を選ぶ人は皆無でしょう。
しかし、50音の仕事は2倍、あるいは3倍の給料をもらえるとしたら、迷う人もいるのではないでしょうか?*7
つまり、やりがいの無い仕事には①生存コスト+②メンテナンスコスト+③再生産コストという当然に支払われるお金の他に、やりがいの無い仕事をさせることに対する慰謝料のようなものが必要なのです。
この慰謝料のことを④やりがい補償費と呼ぶことにしましょう。
結論
私たちは労働によって何を得ているのか、というのがこの記事のテーマでした。
結論としては、当然に支払われる最低限の賃金を別とすれば、私たちは“やりがい”か“やりがい補償費”かのいずれかを得ているのです。
社会の役に立つ仕事をしてやりがいを得るか。
何の役にも立たない仕事をしてやりがい補償費を得るか。
貴方ならどちらを選びますか?
*1:パイロットでも操縦が下手だと貢ぐ側になってしまいます。
*2:住居費も大きいですが、ここではまず食料費を考えましょう。
*4:そんなことを言っても労働して賃金を得なければ食料を得られないのだから対価と言えるのでは、と言われるかも知れません。しかし、私的所有の無い原始的な社会であれば食料などその辺の森にでも行けば手に入るものなのです。野生の動物や虫のことを考えれば分かるでしょう。スライムたちは私的所有という制度によって人間を“労働しなければ食料を得られない”状況に追い込んでいるのです。
*5:無意味に穴を掘ってはまた埋めるという仕事をさせておいて「君は仕事が速いね!」などと褒めても、その人はやりがいを感じないでしょう。
*6:イギリスのYouGovによる世論調査で37%、スコーテン&ネリッセンによって実施されたオランダの世論調査で40%とのこと。
*7:この仕事はかなり過酷なので5倍、10倍払わないとやる人がいないかも知れません。それでも1ヶ月持つとは到底思えませんが。