持つ者、持たざる者
「今回は、持つ者と持たざる者について考えるよ」
「どういうこと?」
「所有の概念があると、人間は持つ者と持たざる者の2つに分けられる」
「ふーん。持つとか持たないとかって、具体的には何を?」
「一番分かりやすいのは、土地だね」
「人間は、土地を持つ者と土地を持たない者の2つに分けられる。当たり前の話ね」
「そうなんだけどね。持たざる者というのは、土地を持っていない丸裸の状態でこの世に生まれてくるんだよ」
「丸裸?そんなの、動物だって同じじゃない」
「いや、違うよ。動物には所有の概念が無いから、持ってるとか持ってないとかじゃないんだ。土地はただ、動物の目の前に在る」
「うーん。違いがよく分からないんだけど」
「動物の場合、目の前にある土地の好きな場所を寝床にして寝ることが出来る。それに、土地が生み出す自然の恵みも、好きなだけ取って食べることが出来る」
「人間はそう出来ないと?」
「そうだよ。目の前の土地は誰かが所有してるからね。自然の恵みも土地の所有者のものだよ」
「ふーむ」
「動物や虫は、自然の恵みを好きに食べていい、好きな場所に寝床を作っていいという権利を生まれながらにして持っている」
「生まれながらに?……まぁ、たしかにそうか」
「持たざる者は、動物や虫が当たり前に持っているこの権利を、はぎ取られた状態でこの世に生まれてくるんだよ。動物や虫よりも丸裸だってこと」
「うーん……」
「まぁ、子供のうちは親が寝床や食べ物を用意してくれるけどね。大人になって親からの援助を受けられなくなったとたん、困ったことになる」
「寝床も無いわけね」
「うん。寝床にするだけの土地はどうしても必要だから、土地を持つ者は持たざる者から土地の使用料を取ることができる」
「まぁ、当たり前の話ね」
「このように所有のルールで土地の使用料を取ることが出来るのは、背後に国家の暴力による脅しがあるからだ」
「警察に捕まるのが怖いから払うってことね。でもその暴力は、合法な暴力なんでしょ?」
「その通り。だけど、本質的には暴力で脅して使用料を取っているんだよ。暴力団のみかじめ料と同じようにね」
「うーん。合法的に土地を所有して、合法的に使用料を取っているんだとしたら、何の問題も無いような……?」
「まぁ、そう思えてしまうのも仕方がないね。問題があるかどうかは一旦おいといて、別の点を考えよう」
「なに?」
労働とは何か
「持たざる者は何も持っていないんだから、土地の使用料を払えとか、食べ物が欲しければ料金を払えなどと言われても払うことが出来ない。どうやって払えばいいだろうか?」
「そんなの、働いてお金を稼ぐしかないじゃない」
「その通り。持たざる者が生きるためには、労働をしてお金を稼ぐしか方法が無い」
「知ってたわ」
「ここで、労働とは何なのかを考えてみよう」
「労働とは何かって?働くことでしょ」
「それは言葉を言い換えただけで、説明になってないよね」
「うーん。じゃあ、体を動かして、生産すること?」
「おお、その定義はなかなかいいね。でもここでは、持つ者と持たざる者の立場の違いに着目して考えてみよう」
「……と言うと?」
「持たざる者は、生きるために必要なモノを持っていない。持つ者は、それを持っている」
「うん」
「そうすると、持つ者の方が立場が強くなるよね」
「そりゃそうね」
「持たざる者は持つ者に対して、何でもするからその食べ物を分けてくれと頼むだろう」
「まぁ、食べないと死ぬもんね」
「持つ者は持たざる者に対して、この食べ物が欲しければあれをやれ、これをやれなどと命令するだろう」
「そうかもねぇ」
「持たざる者としては、この命令を拒否することは基本的に出来ないんだ*1」
「まぁ、従わなきゃ食べ物をもらえないからねぇ」
「そうでしょ。これが労働というものだよ」
「えっ?」
「つまり労働とは、持たざる者が、持つ者の命令に服従して体を動かすことをいう」
「うーん、そうなの?会社の社員として働くことはどう考えればいいの?」
「その場合は、会社の株主が持つ者に当たる。株主が経営者に命令して、経営者が管理職に命令して、管理職が社員に命令するでしょ」
「そうね」
「持つ者である株主の命令が細分化され、個々の社員がその命令に従って体を動かしているわけだ」
「ふーむ、なるほど……」
「社員は会社側に労働を提供する。会社側は社員に賃金を提供する。労働と賃金を交換する取引なわけだけど」
「そうね」
「この取引は対等な取引ではないんだ。持たざる者である社員は何も持っていないから、賃金を得て食べ物を手に入れなければ生きていけない、という弱い立場にある」
「強い立場にある会社側の言いなりになっちゃう、ってこと?」
「そういうこと。持つ者である会社側はその強い立場を利用して、賃金を出来るだけ低く抑えようとしたり、出来るだけ多く労働させようとしたりする」
「なるほど。ブラック企業ってそんな感じよね」
「うん。持つ者がその強い立場を最大限に活用すれば、持たざる者は奴隷になってしまうだろう」
「そうかもね」
「だから、持たざる者を守るためのルールが必要になる。それが……」
持たざる者を守るルール
「分かった。労働基準法でしょ」
「正解。それも持たざる者を守るルールの一つだ」
「他にもあるの?」
「いろいろあるけど、それらを全部まとめて言えば『人権』という概念になる」
「人権?人権が持たざる者を守るためのルールなの?」
「そうだよ」
「人権は全ての人間が生まれつき持っている、共通の権利なんじゃないの?」
「まぁ、そうなんだけどね。持つ者にとっては、別に人権なんて無くても困らないんだよ」
「なんで?」
「たとえば生存権。人間らしい生活をする権利のことだけど、持つ者にとってはそんな権利が無くても人間らしい生活は出来るでしょ。持たざる者より立場が強いんだから」
「そりゃそうか」
「自由権は自由に行動する権利のことだけど、この権利が無くたって持つ者は自由に行動できるでしょ。立場が強いんだから」
「たしかに、持たざる者より持つ者の方がずっと自由に行動できるよね」
「平等権にいたっては、持つ者にとっては無い方が都合がいい。もともと立場が強いんだから、平等になったらマイナスだ」
「ふーむ……」
「人権という概念があることで嬉しいのは、持たざる者の方なんだよ」
「なるほど、たしかに」
「ここまでをまとめよう」
- 所有の概念は人間を持つ者と持たざる者の2つに分ける
- 所有の概念は持つ者に味方し、持たざる者からの搾取を可能にする
- 人権の概念は持たざる者に味方し、持たざる者を所有の横暴から守る
「ふむふむ」
「つまり、持つ者と持たざる者は対立していて、持つ者には所有が、持たざる者には人権が味方しているんだよ」
「そうだったのか……」
「普通、所有権*2というものは、人権の中の一つとして数えられる場合が多いんだけど」
「そうなの?」
「たとえば1793年の人権宣言は、人間の自然にしてかつ消滅することのない権利として、平等、自由、安全、所有の4つを挙げている」
「ふーん」
「でも、今まで説明してきたように、所有の権利だけは他の権利と全く性質が違うんだよ」
「所有権は持つ者だけに味方するってことね」
「そういうこと。もちろん、誰だって持つ者になれる可能性はゼロではない。でも、どの国に生まれるか、どの家に生まれるかによって決まってしまう部分が大きすぎるんだよね」
「やっぱりクソゲーね。でも、そうだとすると、どうして私たちは所有権を有り難がってるのかな。持たざる者にとっては敵なんでしょ?」
「そうだね。その点はまた別の機会に考えよう」
「ふむ」