経済学を疑え!

お金とは一体何なのか?学校で教えられる経済学にウソは無いのか?真実をとことん追求するブログです。

アリストテレスに学ぶ正しい社畜の扱い方

はじめに

「万学の祖」と称される古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、「経済学*1」という書物の第一巻第五章で、奴隷の扱い方について書いています。*2

f:id:tamurin7:20170614134522j:plain

奴隷というと私たちはつい、かつてのアメリカの黒人奴隷のように鎖でつながれた奴隷をイメージしてしまいますよね。

しかし、古代ギリシャの奴隷は別に鎖でつながれたりはせず、自由に町を歩くことができました。

奴隷でない人のことを自由人といいますが、自由人が奴隷に何をさせていたかと言えば、もちろん働かせていたのですね。

自由人が手掛ける事業で働き手として働かせたり、あるいは自由人の家で家事をさせたりしたわけです。

その代わり、自由人は奴隷たちに衣食住を与えました。

どうやら、古代ギリシャの奴隷というのは現代でいうところの労働者(社畜)と大して違わないようですね。

違いを挙げるとすれば、以下の3点ぐらいでしょうか。

  • 労働の対価として与えられるものが、奴隷なら衣食住の現物支給だが、社畜なら衣食住を買うための金銭である
  • 奴隷は奴隷狩りや戦争捕虜などで無理やり奴隷にさせられたが、社畜は自ら望んで社畜になる*3
  • 奴隷には奴隷を辞める自由は無いが、社畜には社畜を辞める自由が有る*4

ざっくり言い切ってしまえば、古代ギリシャの奴隷は現代の社畜と同じです。

したがって、アリストテレスが説く奴隷の扱い方は、現代における社畜の扱い方に通ずるものがあります。

今回の記事では、この「経済学」第一巻第五章を引用しながら、社畜の正しい扱い方について考察していきたいと思います。*5

基本的に引用部分は読み飛ばしても大丈夫です。

最も重要な財産は人材

財産のうち、最良の、そして家政上最も重要なものが第一の問題で、そして最も不可欠だ。これはすなわち人間である。

自由人が所有する財産の中で、人間すなわち奴隷がもっとも重要だと書かれています。

現代でも、企業が利用する資源であるヒト、モノ、カネのうち、ヒトが最も重要だと良く言われますよね。

なんだか人道的で素晴らしいことを言っているようにも聞こえますが、これは単に財産の中で人間が最も有用だと言っているに過ぎません。

経済学者のアダム・スミスカール・マルクスは「人間の労働が価値を生み出す」と考えました。

新たな価値を生み出すのが人間の労働だけであるなら、人間が最も重要な財産であることは当然ですよね。

そこで、まず第一に役に立つ奴隷を手に入れることが必要である。

どうせ社畜を手に入れるなら、役に立つ社畜を手に入れるべきです。

これも当たり前ですね。

奴隷には二種あり、すなわち監督者と働き手とである。

監督者というのは働き手を管理する管理職のことですね。

南北戦争以前のアメリカでもそうですが、奴隷の中には奴隷を管理する奴隷がいました。

現代でも同じことで、社畜の中には社畜を管理する社畜がいますよね。

教育の重要性

我々は教育というものが年少者を一定の性格の者に造り上げることを知っているのだから、奴隷を手に入れたならば、自由人にふさわしい仕事をゆだねるべき奴隷たちを[注意深く]育て上げることが肝要である。

ここでは教育の重要性について書かれています。

子供を注意深く教育することで一定の性格の人間に造り上げることが出来るのだから、教育によって良い奴隷を育てることが肝要だということです。

現代の教育においても、子供たちを良い社畜に育て上げることを念頭に置いてカリキュラムを組むべきだということになるでしょう。

確かに、現代の教育は従順なサラリーマンを育てるためにある、と主張する人は居ますよね。

人材の扱い方

奴隷たちとの関係は要するに彼らにつけ上がることはさせず、それかといって彼らを苦しめもせず、

奴隷をつけ上がらせてはいけない。

社畜にも同じことが言えますね。

奴隷を苦しめてもいけない。

現代では社畜を苦しめている経営者も多いようですが、アリストテレスはこれをたしなめています。

彼らのうちやや自由な者たちには幾分の名誉を頒(わ)かち与え、

やや自由な奴隷とは管理職のことでしょうか。

彼らには名誉を分け与えるべきだとアリストテレスは言っています。

なんらかの肩書きを与えてやることで、それを誇りにしてさらに頑張る奴隷や社畜は多いでしょう。

肩書きのランクが一目で分かるように、服装に違いをつけることも有効かも知れません。

マクドナルドでは役職によって違う制服を着用しているそうです。

「いつかはあの制服を着てやるぞ」と頑張る人も居るでしょうね。

働き手たちには沢山の養いを与えることにある。

そして、働き手には沢山の養いを与えよとあります。

養いというのは栄養、すなわち食べ物のことですね。

奴隷たちがお腹をすかせることが無いように、食べ物は十分に与えるべきだということです。

現代で言えば、食べ物を十分に食べられるだけの給料を与えるべきだということになるでしょう。

これも当たり前のことですが、場合によっては食うに困るほどの給料しかもらえない人も居ますよね。

酒を飲むことは自由人をも傲慢にするものであり、またカルケドン人が従軍する際のように、自由人の間でも多くの民族はこれを差し控えているのだから、絶対に与えぬか、または極めて稀にしか与うべきでないことは明白である。

奴隷に酒を与えると傲慢になってしまうから、酒は与えない方が良いと書かれています。

現代でも、社畜に酒は飲ませない方がいいでしょうね。*6

しかし通常、社畜が勤務後に酒を飲むことまでは禁止できません。

どうしても禁止したければ、宗教や法律*7で禁止するしかありません。

イスラム教では飲酒が禁止されていますよね。

筆者はイスラム教徒と一緒に仕事をしたことがありますが、彼らは非常に優秀で真面目でした。

仕事と給料

さて仕事と懲罰と食物との三者であるが、罰せられもせず働きもせず、しかも食物を与えられるというのでは、彼らを傲慢ならしめる。仕事と懲罰はあっても、食物を与えられないというのは無理なことで、彼らの能力を損ずる。そこで残るところは、彼らに仕事と十分の食物を与えることだ。何となれば報酬を与えずして他人を支配しようとするのは不可能であり、奴隷にとっての報酬とは食物にほかならぬから。

この部分は要するに、以下のようなことを言っています。

奴隷が仕事をしないからと言って食べ物を与えないわけにはいかない。

食べ物を十分に与えることで奴隷を支配し、仕事をさせるべきだ。

つまり、給料を(最低でも食べるのに困らない程度に)十分に与えることで社畜を支配し、仕事をさせるべきだということです。

それは確かにそうなのですが、では仕事をしない社畜にはどう対応すれば良いのでしょうか。

社畜につけ上がらせてはいけません。

功には褒美を、罪には罰を

ちょうど他の[自由な]人々においても、より善い人々にはより好いことがあり、また徳と罪悪との報いがあるというのでなければ人々は次第に悪くなって行くように、奴隷についても同様である。

奴隷に限らず人間というものは、善いことをしても良いことが起きず、悪いことをしてもバチが当たらないとすれば、だんだん悪くなってしまうのだと言っています。

確かにその通りですよね。

それゆえ我々は観察を怠らずに、何でも、食料にもせよ、衣服にもせよ、休息にもせよ、懲罰にもせよ、彼らの功罪に応じて頒(わ)かち与え、また停止すべきだ。

したがって、奴隷の行いを良く観察し、奴隷が善いことをしたら何らかの褒美を与え、悪いことをしたら罰を与えるべきだと言っています。

そうすれば、奴隷が悪い奴隷になることを防ぎ、むしろ良い奴隷になっていくということです。

社畜にも言えることでしょうね。

その際、理論においても実行においても医薬の道における医師の遣り口を手本とすべきであるが、

褒美や罰を与える時は、医薬の道における医師のやり方を手本にするべきだと書かれています。

これはつまり、どんな時にどんな褒美や罰をどれぐらい与えたら奴隷(社畜)がどういう反応をするのかを良く観察して記録し、処方が正しいか否かを常に検証すべきだということでしょう。

現代においても、賞罰の制度が決まっているからといってそれを機械的に適用するのではなく、社畜の反応を見ながら臨機応変に対応し、また制度自体を改善していくべきだ、ということになります。

一方、食物は絶えず与えられるという点で医薬とは違うことを弁えておかねばならない。

これは、食べ物を与えないことを罰にしてはいけないということでしょう。

繰り返しになりますが、最低でも食べるのに困らないだけの給料を与えるべきだということです。

f:id:tamurin7:20170614145941j:plain

ラファエロアテナイの学堂」より。左はプラトン、右がアリストテレス

奴隷の適正

奴隷のうち仕事に最も適する種類は、臆病に過ぎずしかも勇敢にも過ぎぬものと言えよう。かような性質の者はいずれも害があるから。何となれば余りに臆病なものは忍耐力を欠き、一方、血気に逸るものは御し難いから。

臆病すぎる人は忍耐力が無いから奴隷(社畜)には向かない、勇敢すぎる人はコントロールが難しいから奴隷(社畜)には向かないと書かれています。

適正があるのは、ある程度の臆病さとある程度の勇敢さを兼ね備えた人だということです。

これは奴隷や社畜だけでなく、色々なことに当てはまるかも知れませんね。

解放の約束

また彼ら総てに定まったあてがなくてはならない。自由の身となることが褒美としてあるのは正当でもあり、また有利なことだから。褒美があり、かつ期限が定まっていると彼らは喜んで骨折るものだから。

奴隷は期限を定めて解放してやるべきだと書かれています。

解放されて自由の身になることは大きな褒美であり、期限が決まっていればそれまでの間、喜んで働いてくれると書かれています。

現代で言えばこれは定年制度ですね。

定年になれば社畜は解放されて自由の身となり、さらに退職金という褒美まで貰えます。

定年までは頑張って働こうという気になりますよね。

人質としての子供

そして彼らに子供をつくることを許し、これを人質にとって彼らをその仕事に縛らねばならぬ。

奴隷たちが交わって子供を作ることを許し、その子供を人質にして奴隷を仕事に縛りつけろと書かれています。

子供を人質にするというのは、子供に刃物を突き付けたりすることではないでしょう。

奴隷に家族が無ければ一人で逃げ出すこともあるでしょうが、子供(や妻)が居ればそれだけ逃げることが難しくなります。

リスクを冒して家族で逃げるよりも、奴隷の身分に甘んじて働き続ける方がよほど安全ですから、子供を作らせるだけでそれが人質になるわけです。

現代でも同じことが言えますよね。

独身の社畜は仕事が嫌になれば簡単に辞めてしまうかも知れませんが、家族が居れば簡単には辞められませんから、社畜の身分に甘んじて働き続けるでしょう。

また、現代の場合は家を買わせてローンを組ませることも有効ですね。

住宅ローンがあれば辞めることがさらに難しくなりますから、仕事がつらくても頑張って働くしかありません。

家は借りるよりも買うことを奨励しましょう。

団結の阻止

また国家の場合と同様、同種族の奴隷たちを多数買い入れぬことである。

ここでは、同じ種族の奴隷を数多く買い入れるなと書いてあります。

これは、奴隷たちが団結することを防ぎたいからです。

奴隷たちが一つに団結してしまったら、主人に逆らうことが出来てしまいます。

最悪の場合、奴隷たちが主人を殺して財産を奪うかも知れませんし、そこまでしなくても奴隷たちが待遇についてわがままを言い出したら切りがありませんから、奴隷が団結することはなんとしても防がなければなりません。

現代で言えば、社畜たちが組合を作ることを防ぐべきだということになります。

組合を作ることが防げない場合は、何らかの方法でその組合の力を削ぎ、骨抜きにする必要があるでしょう。

ガス抜き

そして供犠や娯楽は自由人のためよりも一層奴隷たちのために催すべきだ。かような行事がならわしとなった理由は奴隷たちに在っては[自由人におけるよりも]一層重いからである。

奴隷たちのために供犠(くぎ)や娯楽を催すべきだと書かれています。

供犠というのは神にいけにえを捧げる儀式のことですが、要するにお祭りですね。

奴隷たちは毎日働いていて、面白くない日々を過ごしています*8から、時々こういうイベントを催してガス抜きをしてやる必要があるのです。

現代でも同じことが言えますが、社畜たちの雇い主がイベントを開催することはほとんど無く*9、イベントはそれ専門の業者が開催していますね。

社畜たちはそれぞれ自分が参加したいイベントに参加し*10、そのための費用を社畜の雇い主が(給料に含めて)払うという形になっています。*11

つまり、給料は衣食住をギリギリ満たすだけの金額ではダメで、ガス抜き(息抜き)をするための費用も含めて渡すべきだということです。

おわりに

アリストテレスは2400年前に生まれた*12人物ですが、その文章を読むと「人間のやることは基本的に何千年たっても変わらないんだな」と実感しますね。

あなたもそう思いませんか?

*1:訳によっては「家政論」という書名になっています。

*2:実際にはこの本はアリストテレスが書いたものではなく、その後輩たちが書いた文章をまとめて作られたものです。権威付けのためにアリストテレスの名前を借りているのですね。この記事でもアリストテレスの名前を借りることにします。

*3:私たちは自分たちが自ら望んで社畜になっていると思っていますが、本当にそうでしょうか?現代社会において社畜にならずに狩猟や採集などで生きていくことは難しいですよね。私たちは生きていくために社畜にならざるを得ないように追い込まれているのではないでしょうか?

*4:辞めたとしても、多くの場合はまた別のところで社畜になるのですが。

*5:「経済学」第一巻第五章は短い文章で、この記事で全文を引用しています。

*6:酒を飲ませて良いことは、コミュニケーションが円滑になるかも知れないことぐらいでしょうか。でもこれは酒が無ければ出来ないことではないでしょう。

*7:サウジアラビアでは法律で飲酒が禁止されています。

*8:仕事それ自体が面白ければ良いのですが、そういうケースは多くないでしょう。

*9:社内運動会などが催されることがありますが、社畜にとってはあまり面白いものではないでしょう。

*10:イベントに限らず趣味全般ですね。

*11:もちろん「イベント参加費」のような名目でくれるわけではありませんし、お金をどう使うかは社畜の勝手です。

*12:ちょうど2400年前ですね。今年はアリストテレス生誕2400周年です。