前々回の記事では、マネーストック(MS)とマネタリーベース(MB)の関係を正しく捉えるためにグリーンマネーとブラウンマネーのモデルを作りました。
前回の記事ではこのモデルに政府預金*1を導入しました。
<前回のまとめ>
- 政府預金はグリーンマネーであり、かつブラウンマネーである。
- グリーンマネーの総額がMS。ただし政府預金は含まない。
- ブラウンマネーの総額がMB。ただし政府預金は含まない。
- 地方政府にしろ中央政府にしろ、徴税や政府支出はマネーの移動にすぎない。
今回は、政府支出によってMS*2やMB*3がどう変化するのかを、その財源ごとに考えてみましょう。
徴税したお金で政府支出
家計や企業から税金として徴収したお金で中央政府が支出する場合、グリーンマネーやブラウンマネーは移動するだけです。
グリーンマネーは公衆→中央政府→公衆と移動するだけですから、マネーストック(MS)は増減しません。
ブラウンマネーは銀行→中央政府→銀行と移動するだけですから、マネタリーベース(MB)も増減しません。
もちろん、政府預金はMSにもMBにも含まれませんから、徴税した直後にはMSもMBも減少します。
しかしその後、政府が支出することによってMSとMBが増加して元に戻りますよね。
MSやMBがいったん減少するのは単に「政府預金はMSやMBに含まれない」と定義されているからであって、グリーンマネーやブラウンマネーの量で見れば増減していないことがお分かり頂けるでしょう。
公衆が国債を買ったお金で政府支出
中央政府が発行した国債を家計や企業が買い、その代金として支払われたお金で政府支出をする場合はどうでしょうか。
この場合も、マネーの流れは徴税で政府支出をする場合と変わりません。
違うのは、中央政府が国債を発行し、それが公衆の手に渡り金融資産となる点です。
図の中で国債が無い状態から拡大して出現しているのは、中央政府が国債を新たに発行したことを表しています。
徴税→政府支出の時と同様、MSもMBも増減しませんが、公衆の金融資産として国債が増加します。*4
銀行が国債を買ったお金で政府支出
中央政府が発行した国債を銀行が買った場合には何が起きるでしょうか。
中央政府側では、ブラウンマネーに載ったグリーンマネーである政府預金が増加します。
ブラウンマネーが銀行から中央政府に移動したことは明らかですが、グリーンマネーについてはどこかから移動したものではありませんから、銀行が新たに作り出したのだと解釈するしかありません。
銀行が公衆に対して貸し付けをする時にグリーンマネーを作って渡すのと同様に、銀行が政府に対して貸し付けをする時にもグリーンマネーを作って渡していることになるわけです。
仮にですが、新たなグリーンマネーを作って相手に渡すことを信用創造と呼ぶことにするならば、銀行は政府から国債を買う時に信用創造をしているのだと言えます。
結局、銀行が国債を買ったお金で政府支出をするとグリーンマネーが増えますから、MSが増加します。
日銀が国債を買ったお金で政府支出
中央政府が発行した国債を中央銀行である日銀が買った場合には何が起きるでしょうか。
中央政府側では、ブラウンマネーに載ったグリーンマネーである政府預金が増加します。
日銀は資産としてのマネーを持っておらず*5、必要な時に発行しますから、この時にブラウンマネーとグリーンマネーを同時に作り出して中央政府に渡したことになります。*6
政府支出によりブラウンマネーとグリーンマネーが移動することについては、前節までの話と同じです。
結局、日銀が国債を買ったお金で政府支出をするとブラウンマネーとグリーンマネーが増えますから、MBとMSの両方が増加します。
日銀が直接政府から国債を買ったお金で政府支出をするということは、俗に言う財政ファイナンス*7に当たり、これは一応禁止されていることになっています。
しかし、日銀が直接政府から新発債を買うことが出来なかったとしても、日銀が銀行から国債を買い、銀行がその代金で新発債を買えば同じ結果になります。
中央政府はいくらでも借金ができる
ここまでの話で、中央政府はいくらでも借金を増やすことが可能だということが分かります。
第一に、公衆が国債を買ったお金で政府支出をすると、MBとMSは増減せず公衆の金融資産としての国債が増加します。
このプロセスは何回でも繰り返すことができ、繰り返すたびに、公衆の金融資産としての国債が増加します。
第二に、銀行が国債を買ったお金で政府支出をすると、MSが増加するのと同時に銀行が保有する国債が増加します。
このプロセスは何回でも繰り返すことができ、繰り返すたびに、MSと銀行保有の国債が増加します。
第三に、日銀が国債を買ったお金で政府支出をすると、MBとMSが増加するのと同時に日銀が保有する国債が増加します。
このプロセスは何回でも繰り返すことができ、繰り返すたびに、MBとMSと日銀保有の国債が増加します。
以上より、中央政府はいくらでも借金を増やすことが可能です。
「国債を買っているのは国民の金融資産であり、国債を買うたびに金融資産が減るのだから、いずれ国債を買うことは出来なくなる」というようなことを言う人が居ますが、それはウソだと言うことです。
たしかに、公衆や銀行が「これ以上は国債を(買うことは出来るけど)買いたくない」と言うことはあるかも知れません。
しかし、日銀の場合はそれもありません。
日銀が国債を買うことが必要だ、と判断されれば買われることになります。*8
政府の借金は返す必要がない
このような話をすると、「政府が借金をいくらでも増やせることは分かったが、その借金を返せなくなるのでは意味がない。借金は返せる範囲に制限するべきだ」と思われるかも知れません。
しかし、日本のように自国で通貨を発行することの出来る国にとっては、政府の借金というものはマクロで考えれば「そもそも返す必要が無い」のです。
この点については既にブログ記事を書いていますので、気になった方は読んでみて下さい。
注意して頂きたいのは、私は「政府はいくらでも野放図に借金ができ、返済する必要も無い。税金を取る必要も無い。無税国家の完成だ!」などと主張しているわけではないということです。
個々の債務は約束通りに返済する必要がありますし、税金を徴収することにも意味があります。
今回の記事では中央政府がなんらかの財源で政府支出をした時に何が起きるのかを分かりやすく説明しただけであって、特にこれと言って主張は無いのですが、あるとすれば以下の2点になります。
- 政府がどれだけ借金ができるのかは、国民の金融資産の量に制限されているわけではない。
- 政府の借金は本質的には返す必要がないのであって、政府は債務の残高を減らしていかなければならないわけではない。
*1:単に政府預金と言う場合、中央政府の政府預金のことを指します。
*2:マネーストックとしてどの指標で考えるのかを今までの記事で書いていませんでしたが、分かりやすさを重視してM1を使うことにします。概念的な考察をしているだけなのでM2でもM3でも別に構わないのですが。
*3:実はMBの増減はあまり重要ではありません。
*4:マネーストック指標の一つである広義流動性には国債も含まれるため、広義流動性で考えればマネーストックが増加することになります。
*5:硬貨は例外ですが。
*7:三橋貴明氏よれば、財政ファイナンスという言葉は日本にしかなく、諸外国では「国債の貨幣化(マネタイゼーション)」と言われます。