経済学を疑え!

お金とは一体何なのか?学校で教えられる経済学にウソは無いのか?真実をとことん追求するブログです。

通説の信用創造論を再考する

はじめに

今回は、一般的に信じられている信用創造の説明を再検討してみようと思います。

現金の預け入れと現金での貸し付けを繰り返すとお金が増えていく、とするアレですね。

Wikipediaの「信用創造」の項では以下のように説明されています。

預金準備率が10%の時、銀行が融資を行う過程で以下の通り信用創造が行われる。

A銀行はW社から預金1,000円を預かる(そのうち900円を貸し出すことができる)。

A銀行がX社に900円を貸出、X社が900円をB銀行に預金する(そのうち810円を貸し出すことができる)。

B銀行がY社に810円を貸出、Y社が810円をC銀行に預金する(そのうち729円を貸し出すことができる)。

C銀行は729円をZ社に貸し出す。

 
つまり、最初は1000円しか無かったお金が、預け入れと貸し付けを3回繰り返した時点では1000円+900円+810円+729円=3439円に増えているという具合ですね。

このような信用創造の説明を「又貸しモデル」と呼ぶことにしましょう。*1

この「又貸しモデル」はこれまで多くの人に間違いであると指摘されているにもかかわらず、今もなお「通説」とされています。

今回の記事では、「又貸しモデル」をグリーンマネーモデルを使って改めて検討し、間違っているとすればどこに間違いがあるのかを考えてみることにします。

グリーンマネーモデルについては以下の記事を参照してください。

 

whatsmoney.hateblo.jp

 

グリーンマネーモデルで考える

グリーンマネーモデルにおいては、預金通貨はグリーンマネー、現金通貨はブラウンマネーとグリーンマネーが重なったもの、銀行の手持ち現金はブラウンマネーです。

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家計や企業が持っている現金(現金通貨)を銀行に預け入れる時は、このようになります。

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銀行に渡しているのはブラウンマネーだけであり、グリーンマネーは家計や企業の手元に預金通貨として残ります。

 

銀行が家計や企業に貸し付けをする時はこのようになります。

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現金で貸し付けるにしろ、預金通貨で貸し付けるにしろ、銀行はグリーンマネーを作って借り手に渡しています。

銀行による貸し付けとは、借り手が作る借用証書という負債(銀行にとっての資産)と、銀行が作るグリーンマネーという負債(借り手にとっての資産)との交換なのです。

(このあたりの説明の意味が良く分からない方は、「緑のお金と茶色のお金(1) MSとMBを正しく捉えるためのモデル」を参照してください)

 

ここまでを踏まえた上で、通説の又貸しモデルをグリーンマネーモデルで図にしてみると、このようになります。

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銀行が貸し付け(貸し出し)をするたびに、グリーンマネーが増えていることが分かると思います。

グリーンマネーの総額がマネーストックですから、銀行が貸し付けをするたびにマネーストックが増えるということです。

 

銀行はグリーンマネーを作って借り手に渡し、借り手の企業は借用証書を作って銀行に渡していますね。

全体として見ても、銀行が合計3439円分のグリーンマネーを作り、借り手の企業が合計3439円分の借用証書を作り、これらを交換しているだけのことです。

 

通説の説明では銀行がお金を作っているとは言いませんので、1000円しか無いお金を預かったり貸し付けたりを繰り返すと何か不思議な数字のマジックで?お金が増えていくことになっています。

しかし、何も不思議なことはありません。

銀行がお金(グリーンマネー)を作って借り手に渡しているだけのことです。*2

 

又貸しモデルは仲間うちで実行できるか?

もし、又貸しモデルが正しいのだとすれば、仲間うちで同じことをしてお金を増やせないでしょうか?

つまり、現金の預け入れと貸し付けを繰り返すことによりお金が増えるのだとすれば、友達同士でお金を預けたり貸し付けたりしてお金を増やせるのではないでしょうか?

少し考えてみてください。

仲間うちでお金を預けたり貸したりして、お金を増やせると思いますか?

......。

そんなことでお金を増やせるわけがない?

そうですよね。

友達同士でお金を預けたり貸し付けたりを繰り返しても、お金を増やせるわけがありません。

では、なぜ銀行にはそれが出来て、私たちには出来ないのでしょうか。

 

実を言うと、銀行がやっていることと同じことは、私たちにも出来るのです。

同じことが出来るのですが、お金は増やせないのです。

どういうことなのでしょうか?

 

例えば、Aさんが1万円の現金を持っているとしましょう。

これを、Bさんに預けます。

Bさんは、1万円の預金証書を作ってAさんに渡します。

預金証書には、「この預金証書を発行者(B)に渡した人に対して、引き換えに1万円の現金を渡す」と書いておき、Bさんがサインします。

Bさんは、手元にある1万円から1000円を手元に残し、9000円を現金でCさんに貸し付けます。

Cさんは、9000円の借用証書を作ってBさんに渡します。

借用証書には、「1年後に9000円を返済します」と書いておき、Cさんがサインします。

Cさんは、受け取った9000円をDさんに預けます。

Dさんは、9000円の預金証書を作ってCさんに渡します。

......このように預け入れと貸し付けを繰り返すと、現金の量は合計1万円で変わりませんが、預金証書と借用証書がどんどん増えていきます。

この預金証書が、現金と同じようにお金として使えれば、お金が増えたことになるでしょう。

しかし実際には、この預金証書はお金として通用しませんよね。*3

銀行が発行した預金証書(預金通貨)は誰に対してもお金として通用しますから、この点が違うわけです。

 

つまり、「銀行はお金を作れるが私たちはお金を作れない」と言うよりも、「銀行も私たちも預金証書を作れる。しかし、銀行が作った預金証書はお金として通用するが、私たちが作った預金証書はお金として通用しない」と言うべきです。

 

問いを立てるとすれば、「なぜ銀行だけがお金を作れて、私たちには作れないのか?」ではなく、「なぜ銀行が作った預金証書(預金通貨)だけがお金として通用し、私たちが作った預金証書はお金として通用しないのか?」と問うべきなのです。*4

預金証書や借用証書のような「債務」は、誰にでも作ることが出来るのですから。

 

又貸しモデルは、「借用証書と預金証書をどんどん増やしていく」という「誰にでも出来ること」を説明しているだけだ、と言えるわけです。

 

又貸しモデルの問題点

又貸しモデルは間違っているのでしょうか。

完全に間違っている、とまでは言い切れないでしょう。

なぜなら、前節でも書いたとおり、又貸しモデルは「借用証書と預金証書をどんどん増やしていく」という「誰にでも出来ること」を説明しているだけだからです。

それでもやはり、又貸しモデルには問題が多いと言わざるを得ません。

問題点をいくつか挙げていきましょう。

 

1. 実務を反映していない

又貸しモデルでは貸し付けを現金で行っていることになっていますが、実際には貸し付けは預金設定、つまり銀行の帳簿と通帳に数字を書き入れることにより行われます。

この数字の預金が全額引き出されれば現金で貸し付けたのと同じことになりますが、実際には現金で全額引き出されることはなく、借り手から支払い先への送金は預金の振り込みによって行われます。

これはたとえで言うなら、預金証書のままで決済に使われるということです。

又貸しモデルは、貸し付けた預金は必ず全額が引き出され、取引の決済は必ず現金で行われる一方で、預け入れた預金は全く引き出されない前提になっている*5という、おかしなモデルなのです。

 

2.返済される時のことを説明していない

又貸しモデルでは、貸し付けでマネーストックが増える過程を説明していますが、返済によりマネーストックが減る過程のことは説明していません。

貸し付けが現金で行われるのですから、返済も現金で行われることになるのでしょう。

そうだとすると、Z社が返済するまではY社は返済することが出来ず、Y社が返済するまではX社は返済が出来ないという変なことになってしまいます。

実際にはそんなことは有り得ません。

返済は預金通貨で行われますから、Z社が返済したかどうかにかかわらず、X社もY社も返済することができます。

 

3.本源的預金など無い

又貸しモデルでは、最初に現金を預け入れて形成された預金のことを「本源的預金」と呼びます。

W社がA銀行の口座に持っている1000円の預金が「本源的預金」です。*6

一方で、X社、Y社が持っている預金、つまり又貸しによって作られたとする預金のことは「派生的預金」と呼びます。

しかし、このように「本源的預金」と「派生的預金」とを区別することに意味はありません。

W社が最初に持っていたグリーンマネーも、元をたどればどこかの銀行が貸し付けによって作ったものであるはずだからです。

「本源的預金」などというものは無く、全てのグリーンマネーは銀行*7が作ったものです。

 

又貸しモデルについてのより詳細な批判に興味のある方は、望月夜氏のブログ記事をどうぞ。

ameblo.jp

ameblo.jp

 

又貸しモデルの良い?ところ

又貸しモデルには問題点が多いことが分かりました。

しかし、それでも又貸しモデルが今なお通説とされているのですから、何か良いところがあるはずです。

又貸しモデルの良いところを探してみましょう。

 

1.美しい

無限等比数列の和の公式を使って、最初の預金が最終的に準備率の逆数倍(準備率が10%ならちょうど10倍!)になるところがなんとも美しいですね。

まるで自然科学をやっているかのような印象を与えることが出来ます。

 

2.常識的である

銀行の手元にある現金を貸しているだけに見えるので、帳簿の数字を変えるだけで貸し付けをするというような、一見非常識な話をする必要がなくなります。

 

3.銀行がお金を作っていることを無意識化できる

実際にマネーストックが増えていくにもかかわらず、銀行がお金を作っている事実を人々に意識させないことが可能になります。

誰かがお金を作らない限り、お金が増えることは無いのですが......。

又貸しモデルの説明を受けた人の一部は、現金を預け入れた時にお金が増えるのだと勝手に誤解してくれるかも知れません。*8

 

4.銀行が単なるパイプ役に見える

銀行がお金を作っているようには見えないため、銀行はお金が余っているところから調達してきてお金が足りないところに融通する単なる「パイプ役」であるかのような印象を与えることが出来ます。

実際には銀行はお金を作って貸し付ける「お金の供給源」なのですが。

 

5.一部を準備として残すことが信用創造の原動力であるように見える

預かった現金の一定割合を準備として残し、残りを貸し付けていくと等比数列の和によってお金が増えていく。

この又貸しモデルの美しさに目を奪われた人は、一定割合を準備として「残すから」お金を増やすことが可能になるのだと勘違いしてくれる場合があります。

準備率が10%だとすれば、10%を「残すから」信用創造が出来るのだという具合です。

実際にはそうではなく、90%を「流用するから」お金を増やすことが可能になるのです。

本来、顧客から「預かった」資産は自社の資産とは「分別して管理」する必要がありますが、銀行は預かったお金を分別管理せずに自行の資産と混同し、貸し付けているわけです。

「部分準備制度」ではなく「大部分流用制度」と呼ぶのであれば、それが信用創造の原動力だと言って間違いないでしょう。

 

いかがでしょうか。

又貸しモデルというものが、銀行がお金を作っていることを見えなくするための本当に素晴らしい説明モデルであることが分かって頂けたのではないですか?

 


*1:フィリップス型の信用創造論、フィリップス説などと言われることもあります

*2:グリーンマネーモデル自体が、銀行がお金を作っているということを前提にしているのだから、そういう結論になるのは当然だという批判があるかも知れません。しかし、その批判は的を射ていません。グリーンマネーモデルの出発点は日銀によるマネーストック(とマネタリーベース)の定義だからです。ここから出発すると、銀行がグリーンマネーを作っていると解釈するしかありません。

*3:仲間うちでは通用するかも知れませんが、外で通用しなければ意味がありません。

*4:この問いに対する答えはこの記事では書きません。事実として、銀行が作る預金通貨はお金として通用するということだけ指摘しておきます。

*5:W社がA銀行から少しでも現金を引き出せばA銀行は準備不足に陥ります。

*6:あるいは預け入れられた1000円の現金を指して本源的預金と言っているもかも知れません。「預金」という言葉が銀行の債務を指すのか資産(預かった現金)を指すのか不明確であることも問題です。

*7:ここで言う銀行には日銀も含みます。

*8:グリーンマネーで考えれば分かるように、預け入れではお金は増えず、貸し付ける時にお金が増えるのです。