はじめに
最近、「お金は借金によって生まれる」と言われることが良くあります。
本当にそう言えるのかどうか、良く考えてみましょう。
まず、前回までに書いたように、お金というものは全ての経済主体で考える限り、受け渡しされるだけであって生まれたり消えたりしません。
お金が生まれたり消えたりするのは、その利用者に限定して量を考える場合だけです。
ですから、お金がどう生まれるのかを考える際には、まず誰を利用者と見た時のお金なのかをはっきりさせる必要があります。
「誰を利用者と見るのか」は「誰を発行者と見るのか」とほぼ同義ですよね。
基本的に発行者以外が利用者ですから。
ここでは、日銀+銀行(=銀行システム)を発行者と見る場合と、日銀+政府(=統合政府)を発行者と見る場合の2種類を考えてみましょう。
銀行システムが作るお金
銀行システム(日銀+銀行)が作るお金は、マネーストック(現金通貨+預金通貨)と政府預金です。
マネーストック+政府預金は私が以前の記事で定義したグリーンマネーに相当しますから、この記事でもグリーンマネーという用語を使いましょう。*1
銀行システムがグリーンマネーを利用者に渡す際、引き換えに債務証書という金融資産を受け取ります。
前回の記事の4分類で言うと(2)金融商品と交換にお金が渡されるケースですね。
たとえば、ある人が銀行に行って債務証書にサインをして渡し、引き換えに預金通帳の数字を増やしてもらいます。
これは要するに借金ですね。
利用者の借金によってグリーンマネーというお金が生まれたと言っていいでしょう。
政府がグリーンマネーを調達する場合も同様です。
政府が国債を発行して銀行システム(日銀や銀行)に渡し、政府預金の数字を増やしてもらいます。
政府の借金によってグリーンマネーが生まれたと言っていいでしょう。*2
どうやら、銀行システムが作るお金(=グリーンマネー)は借金によって生まれると言えそうです。
統合政府が作るお金
統合政府(日銀+政府)が作るお金は日銀券と硬貨、そして日銀当座預金です。
つまりベースマネー(=マネタリーベース)ですね。
さらにこのベースマネーに加え、国債も統合政府が作ったお金だと言えます。
これは以前の記事にも書きましたが、要するに額面100万円の国債は統合政府が作った100万円札のようなものだということです。
「国債は返済しなきゃいけないんだから借金だろう」と普通は思いますよね。
しかし統合政府で考える場合には違うのです。
統合政府が100万円の返済を求められたら日銀当座預金の数字を増やせばいいだけですし、一万円札を100枚発行して渡しても構いません。
これは返済というより両替に過ぎないわけです。
統合政府マネーはどう生まれるのか?
統合政府が作るお金、つまりベースマネーと国債のことを、統合政府マネーと呼ぶことにしましょう。
統合政府マネーはどのように利用者に渡されているのでしょう。
グリーンマネーの場合と同様に、私たちが発行する債務証書と引き換えにお金を渡してもらっているのでしょうか?
そういうケースも無いわけではありません*3が、基本的にはそうではないですよね。
第一に、統合政府は年金や医療費、介護費などの社会保障費として、また補助金や給付金などの名目で、単純にお金を渡しています。
これは前回の分類で言うと(3)渡す側の意思で単にお金が渡されるケースですね。
第二に、統合政府は公務員を雇用し、その労働と引き換えにお金を渡しています。
第三に、統合政府は道路や橋などを始めとする公共インフラを企業に作らせ、それと引き換えにお金を渡しています。
これらは前回の分類で言うと(1)財と交換にお金が渡されるケースに見えます。*4
この第二・第三のケースをもう少し良く考えてみましょう。
統合政府は財(モノやサービス)を受け取っているのか
統合政府が公務員を雇用して労働させた時、その労働を統合政府が受け取ったのでしょうか。
形式的にはそうであるように見えます。
しかし、公務員の労働の成果を本当に受け取っているのは誰なのでしょう。
たとえば、統合政府が自衛隊員たちに給料を支払うと安全保障サービスが提供されます。
この安全保障サービスを受け取っているのは、統合政府というより国民全体ですよね。
その他の行政サービスにしても、それを享受するのは国民の誰か、あるいは国民全体です。
要するに、統合政府が公務員に給料を支払うと、財が国民(公務員)から国民に渡されるのであって、統合政府それ自体には何も渡されていないと言えるのです。
第三のケースにも同じことが言えます。
統合政府が企業にお金を渡して道路や橋を作らせると、その道路や橋は国民に渡されて国民が使用します。
作られた道路や橋を統合政府が外国政府や企業に売り払えるわけではないので、統合政府が受け取ったとは言い難いのです。
統合政府は単にお金を渡し、単にお金を取る
結局のところ、統合政府が財政支出で単にお金を渡すことによって、統合政府マネーは生まれます。
そして逆に、統合政府が徴税で単にお金を取ることによって、統合政府マネーは消滅します。
渡すとお金が増え、取るとお金が減る。
基本的にはそれだけです。
そしてお金が増える時、債務証書と引き換えに渡されているのではなくて、単に渡されているのです。
グリーンマネーの場合とは違っていますよね。
統合政府マネーは借金で生まれるのではなく、統合政府が単に渡すことで生まれるのです。
もちろん、統合政府マネーそれ自体は統合政府の債務です。
しかしそれは形式的に債務として扱われているだけのことで、返済しなければならないようなものではありません。
日銀券という債務を誰に返すというのでしょう。
これは借金ではありません。
財政赤字がお金を増やす
統合政府がお金を渡すとお金が増える。
これは財政支出によってお金が増えるということです。
統合政府がお金を取るとお金が減る。
これは徴税によってお金が減るということです。
つまり、徴税したお金より財政支出したお金の方が多くて財政赤字だった場合、その財政赤字の分だけお金が増加しています。
財政が赤字だったと聞いたら、私たちは「やった!お金が増えた!」と喜ぶべきです。
逆に、財政黒字だった場合にはその財政黒字の分だけお金が減少しています。
財政が黒字だったと聞いたら、私たちは「ぎゃあああ!お金が減った!」と悲鳴を上げるべきです。
財政赤字を心配する必要はありません。
それはお金の増加を意味するのですから。
国債発行残高の増加を心配する必要もありません。
国債はいわば現金交換券であって、お金と変わらないのですから。
政府がやるべきこと
もちろん、お金の総量が増えればなんでもいいわけではありません。
誰にどれだけお金を渡すのか、どんな目的のためにお金を渡すのかが重要です。
徴税についても同様で、誰からどれだけお金を取るのか、どんな目的のためにお金を取るのかが重要です。
政府がやるべきことは、適切にお金を渡し、適切にお金を取ることです。
財政赤字の心配をしている場合ではありません。
まとめ
少し横道にそれましたが、本題に戻ってまとめましょう。*5
本題はお金は借金で生まれるのか?でしたね。
銀行システムを発行者と見る場合、お金(グリーンマネー)は借金で生まれると言えます。
統合政府を発行者と見る場合、お金(統合政府マネー)は借金で生まれるのではなく、単に渡されること(支出)によって生まれると言えます。
視点を変えただけで結論が変わっているように見えますね。
不思議に思えるかも知れませんが、どちらも間違っているわけではないのです。