なぜ水なのか
「今回は、水ビジネスで儲ける方法を説明しよう」
「ふむ。なんで水なの?」
「水は、人間が生きるために必ず必要な資源だからね。水のような資源の権利を押さえてしまえば、その使用料を取ることで搾取ができる」
「ふーん。生きるために必要な資源なら、空気だっていいんじゃない?」
「その通りだね。水ビジネスの次には空気ビジネスの時代が来るかも知れない。でも、現状ではまだ難しいかな」
「なんで?」
「うーん。今のところ、空気には所有の概念が無いからね」
「『今のところ』ってことは、将来的には空気が所有されちゃうかも知れないの?」
「ありえない話じゃないと思うよ」
「ふーむ……。それで?」
「水は今、世界中で需要が増え続けていて、しかも利用可能な淡水は減り続けている。だから、水ビジネスで得られる利益は今後どんどん増えていく可能性が高い」
「なるほど」
「どんどん利益が増えるっていうのは、どんどん搾取がしやすくなるって意味だからね」
「ほう……。具体的に、水でどんなビジネスをすれば儲かるの?」
「主に2つある。水道事業の民営化と、ボトルウォーターを売るビジネスだ」
「ボトルウォーターって何?」
「ペットボトルに水を入れて売ってるでしょ。あれだよ」
「あー!あれってそんなに儲かるの?」
「原価ほぼゼロの水をペットボトルに入れるだけで100円とか200円で売れるからね。儲からない方がおかしい」
「そうなんだ」
「でも、今回は水道民営化の話をするよ」
「ふむ。最近よく耳にするもんね」
官民連携?
「まず言葉の話なんだけど、水道の民営化を進めたい人たちは、『民営化』という言葉をあまり使わない」
「なんで?」
「生きるのに必要な水の話だからね。それを民間企業に任せることには普通の人は警戒するだろう」
「そうかもね。じゃあなんて言うの?」
「官民連携とか、官民パートナーシップという言葉を使う*1」
「なるほど。政府と民間が連携するわけね」
「そう。それならいいかなって気になるでしょ?」
「そうね」
「官民連携のやり方にはいろいろ種類がある。個別委託、包括的民間委託、DBO型業務委託、PFI事業、コンセッション方式などだ」
「……急に難しくなったわね。帰っていい?」
「いやいや、待って。いろいろあるけど、重要なのは一点だけなんだ」
「というと?」
「経営の主体が政府の側にあるのか、民間企業の側にあるのかだよ」
「ふーん」
「さっき挙げた例では、民間企業が経営主体となるのはコンセッション方式*2だけだ。他は全て政府の側、つまり公共の水道事業者が経営主体となる」
「へー。で、儲かるのはどっち?」
「もちろん、儲かるのは民間企業が経営主体になる方、つまりコンセッション方式だよ。水道料金を変えられるしね」
「なるほど。水道料金を上げれば儲かるわよね」
「そういうこと」
「でも、政府側が経営してたとしても、水道料金を上げることはあるでしょ」
「そりゃそうだけど、公共の水道事業者の場合は儲けを出すために値上げするわけじゃないでしょ」
「ふーむ」
「今回の話では、これ以降『水道の民営化』と言ったら民間企業が経営主体となるコンセッション方式の話だからね*3」
「分かったわ」
水道料金は何に対して払っているのか
「ここで、水道料金というものは何に対して支払っているのかを改めて考えてみよう」
「何って、水の使用料でしょ?」
「うーん……。例えば、僕たちが水道の無い地域に住んでいて、1キロ先の川から水を汲んできて使ってるとするよね」
「ふむ」
「自分で汲んでくる限り、水はタダで使えるよね」
「そうね」
「仮に、僕がマイの代わりに水を汲んで運んであげたとしたら、マイは僕に対していくらかお金を払ってくれるだろう」
「うん」
「それは、僕が水を運んだという労働に対して払ってくれてるわけだよね」
「そうね」
「運ぶだけじゃなくて、その水をなんらかの方法で僕がきれいにしてあげたとしたら、その労働に対してもお金を払ってくれるでしょ?」
「まぁね」
「これが、水道料金の原型みたいなものだ。要するに、水の浄化コストと配送コストの合計が、水道料金になる」
「なるほど」
「ここで注意して欲しいのは、水資源そのものの使用料、レンタル料のようなものは支払う必要が無いということだ」
「ははぁ……。そうか、自分で汲みに行けばタダで使えるもんね」
「そういうこと。もし、水資源そのものを作ったのが僕だったとしたら、レンタル料を取ることは正当なことなんだろうけどね」
「あー。水は自然が作ったもの、か」
「そう。あえて言うなら、水は神が作ったものだ。神が作ったものの使用料を僕が取るのはおかしいよね」
「たしかに」
「でも、水道事業を民営化して請け負えば、この『水資源そのものの使用料』を取って儲けることが出来るんだよね。料金を上げればいいわけだから*4」
「なるほど……」
水道事業を請け負うには
「さて、水道事業を民営化させて請け負えばいいとは言っても、コトはそう簡単ではない」
「そうなの?」
「まぁ、水道の民営化なんて普通は警戒されるからね」
「ふーん。じゃあどうするのよ」
「お金の不足を利用して脅迫するんだよ」
「どういうこと?」
「まず、途上国の中から水道事業で問題を抱えている国を探すでしょ」
「ふむ」
「さらにその中から、お金に困っている国をピックアップする。外国の銀行や投資家から外貨を借りて返済に苦しんでいるようなケースだね」
「ふむふむ」
「そういう国に対して『水道を民営化してくれたら、もっとお金を貸すよ』と言えばいい」
「なるほどね。嫌だと言ったら?」
「『今までに貸したお金を返してもらうよ』と言う」
「あー、たしかに脅迫ね。でも、民間企業なんかに国に貸すようなお金があるの?」
「お金を貸すのは世界銀行だよ。民間の水道企業は世界銀行と組んで、途上国の水道を民営化していってるんだ*5」
「そうなんだ。世界銀行って何?」
「世界銀行=世銀(せぎん)は、加盟している途上国の経済成長のためにお金を融資する国際機関で、それによって長期的な開発や貧困の削減に貢献している……とされている」
「されている?」
「実は、世銀は途上国を救うためではなく搾取システムを構築するために存在する、と批判している人も居るんだ」
「へー」
「世銀側に悪意があるかどうかはともかく、民間の水道企業が世銀と協力して水道民営化を進めていることは間違いない」
「ふーん」
「さて、お金による脅迫だけで民営化を受け入れてくれればいいんだけど、反発されてしまうこともあるだろう」
「そうかもね」
「だからあらかじめ、『いいこと』を約束しておくんだ」
「いいことって?」
「ウチに任せてくれれば、貧困層も含めて全ての住民に給水します!とか、下水もきちんと処理します!とか、水道料金は上げません!とかね」
「おお、いいことね。素晴らしいじゃない。それだったら民営化を受け入れてもいいんじゃない?」
「そう思うでしょ。でも、これらの約束をちゃんと守るとは誰も言ってないからね」
「……何それ」
全ての人に水を届けます!というウソ
「基本的に民間企業というのは、儲からないことはやらないんだよ。だから、全ての住民に給水するなんて約束はまず守られない*6」
「うーん……」
「たとえば、あるスラム地区全体に水道を引く計画に1000万ドルかかるとしよう。この地区からは水道料金の徴収がほとんど見込めないとしたら、この計画を経営陣や株主に説明できると思う?」
「……」
「君は1000万ドルをドブに捨てるというのか、って言われちゃうよね」
「そりゃそうかも知れないけど、出来ないんだったら最初から約束しなければいいじゃない」
「だって、契約が取れなきゃ何も始まらないでしょ。全ての住民に給水します!という約束は、契約を取るためにベストを尽くした結果だ」
「だったら、約束は守るべきでしょ」
「約束を守るかどうかは、契約が取れてから改めて検討する。つまり、約束を守る方が得だと判断すれば守るし、守らない方が得だと判断すれば守らない。大抵のケースでは、守らない方が得だろう」
「話にならないわね」
「とにかく、民間企業は利潤を最大化するために行動するんだから、水道料金を払えない貧困層にも給水するなんてこと、するわけないよ」
「ドヤ顔で言うことじゃないでしょ……」
「すでに給水してる場合でも、料金を払わない人には容赦なく止めるからね」
「ひどくない?」
「だって、水を止めればどうにかして払おうとするでしょ*7」
「うーん、まさに脅迫ね……」
きちんと下水を処理します!というウソ
「下水をちゃんと処理してから流すという約束も、当たり前のように守られない。なぜなら、下水を処理したところで別に儲からないからだ*8」
「ひどい話ね……」
「下水を処理しても儲からないどころか、処理せずに垂れ流す方が都合がいいとすら言えるんだよね」
「なんで?」
「だって、水道料金を払えない人はその辺の川や湖で水を汲んで使うしかないわけでしょ。川の水がきれいだったら何も困らないじゃない」
「……?どういうこと?」
「川の水が汚くて飲めなければ、高い水道料金でもどうにかして払うしかないでしょ」
「あー、川の水を汚して脅迫するってわけ?ひどすぎるでしょ」
「そうかな」
「どうしても払えない人は汚い水でも飲むしかないじゃない。病気になっちゃうし、最悪死んじゃうわよ*9」
「そうだね。でも、死んだとして何か困ることがある?水道企業が見舞金を出すわけでもないし、何も損しないでしょ」
「あんた、頭おかしいって」
水道料金は上げません!というウソ
「そして当然のことながら、水道料金を上げないという約束も守ったりはしない*10。だって、何のために水道事業を請け負ったと思ってるの?」
「まぁ、お金を儲けるためよね」
「そうでしょ。苦労して民営化させて水道事業を請け負って、あげく水道料金を上げないんじゃ、何をやってるのか分からないよ。慈善事業じゃないんだ」
「……分かるけど、だったら最初から水道料金を上げますって言えばいいんじゃないの」
「そんなこと言ったら契約が取れないでしょ」
「だからって、ウソを言うのはどうかと思う」
「あのね、何度も言うようだけど、民間企業は損得で動くんだよ。約束を破っても損をしないんなら破るんだ」
「うーん……」
「大丈夫だよ。どうせ契約書には『この約束を破ったらいくら支払います』なんていう不利な文言は書いてないんだから」
「いや、そんな心配してないから」
「そう?」
「……」
「とにかく、儲けるのが目的なんだから、水道料金は上げる。しかも、かなり大胆に上げることが出来る」
「水は生きるためにどうしても必要だから、ね」
「その通り。そして、水道事業は地域独占だから、料金が高いからって別の会社に切り替えるわけにもいかない」
「言い値で買うしかないわけね。それか、汚い川の水を飲んで死ぬかの二択か……」
「そうなるね」
(……こいつクソだわ)
「ここまで、水道の民営化で儲ける方法を説明してきたわけだけど、だいたい分かったかな?」
「分かったと言うか、分かりたくなかったと言うか……」
「まとめるとこうだ。
- お金の不足を利用した脅迫と
- 守るつもりの無い空約束によって
- 水道事業を民営化させて請け負い
- 水の不足を利用した脅迫によって
- 可能な限り高い水道料金を設定して搾取する 」
「……分かったわ」
ウォーター・ビジネス――世界の水資源・水道民営化・水処理技術・ボトルウォーターをめぐる壮絶なる戦い
- 作者: モード・バーロウ,佐久間智子
- 出版社/メーカー: 作品社
- 発売日: 2008/11/29
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*1:「民間セクター参入」という言葉もあります。
*2:水道事業者が水道資産を保有しつつ、民間事業者に対して運営権を付与することで、民間事業者に水道事業の経営権を与える方法。
*3:コンセッション契約でも、施設全体を民間企業に売り払ってしまうケースもあります。英国の公営地域水道は1989年にサッチャー首相によって民間に売却されましたが、このケースでは民間企業が建物を含むインフラ全体を所有するようになりました。
*4:ボリビアのコチャバンバでは、水道事業を請け負った米ベクテル社がすぐに水道料金を三倍に引き上げ、料金を支払えない世帯への給水を停止しました。フィリピンのマニラではスエズ社を含む複数の民間企業が連携して水道事業を請け負い、水道料金は1997~2007年の間に357%も上昇しました。
*5:日本は今や世界銀行に資金を出す側になっているので、この手の脅迫は日本には通じません。
*6:ボリビアの首都ラパスと近隣のエルアルト地区に対する水道サービスは仏スエズ社に任されましたが、全ての住民に給水するという約束は守られず、およそ20万人が水を得られませんでした。また、下水処理に投資するという約束も守られませんでした。
*7:フィリピン・マニラ西地区の水道事業を請け負ったマニラッド社は、水道が届いていない人々に水を分けたり、売ったりすることを禁じました。以前は「無料で」水を供給していた(公園などの)公共水栓もまた、マニラッド社の管理下となっており、もう使用できません。
*8:下水を処理するという約束が守られなかったケースは、ボリビアのラパス(スエズ)、アルゼンチンのブエノスアイレス(スエズ)、エクアドルのグアヤキル(ベクテル)、フィリピンのマニラ(スエズ他)など、枚挙に暇がありません。
*9:南アフリカでは1994年に水道事業が民営化され、スエズや英バイウォーターが参入した結果、水道料金は6倍にはね上がりました。料金未納で1000万人以上の水道が給水停止となり、多くの住民が汚染された小川や遠くの井戸、池、湖から水を得るしかなくなりコレラが大流行しました。
*10:アルゼンチンのブエノスアイレスでは約束に反して10年で88%値上げ、フィリピンのマニラでは料金を引き下げると約束したにもかかわらず、民営化後ただちに料金を引き上げました。