(今回の記事は前回の続きですので、まずこちらの記事から読んでいただくことをオススメします)
自然権の衝突
「さて、自然権の話だったね」
「うん」
「自然権って何のことだったか覚えてる?」
「うーん……。たしか2つあったよね。理想自然権と純自然権だっけ」
「そうだね。理想自然権は人間が作った権利で、『こういう権利が生まれつきあったらいいよね』と皆が思うような権利のこと。理想自然権イコール人権と言ってもいい」
「なんだ、理想自然権って人権のことだったの?最初からそう言ってくれればいいのに」
「自然権と人権をごっちゃにする人がけっこういるからね。いま話題にしようとしている自然権=純自然権は、理想自然権=人権とは全く別の概念だってことをはっきりさせたかったんだよ」
「ふーん。でも、純自然権って自由に振る舞える権利なんでしょ?人権の自由に生きる権利と似たようなもんじゃない?」
「いや、自然権*1の自由は、本当に何をしてもいいってことだからね。誰かから盗んでもいいし、人を騙してもいい。極端な話、人を殺す自由だってある」
「えっ……。犯罪じゃん」
「自然状態、つまり法律や政府が無い状態での話だからね」
「うーん。殺される方は、黙って殺されろって言うの?」
「もちろん、殺されそうになった方にも、返り討ちにして相手を殺す権利がある」
「……弱肉強食ってことか。殺伐とした世界ね」
「そうだね。でも、動物も人間も、すぐに殺し合いや争いを始めるわけじゃないよ」
「そうなの?」
「だって、オオカミはオオカミ同士で殺し合ったりしないでしょ」
「それはそうね。でも人間同士は争いになる気がするけど」
「人間だって、自然状態ではすぐに争ったりしないよ。争いになるのは基本的に、資源が不足した時だけだ」
「うーん……」
資源は1人前使えれば良い
「自然状態で動物や人間は、空気や水などの資源を勝手に使って構わないよね」
「たしかに、呼吸したり水を飲んだりする時に誰かに断ったりしないわね」
「うん。動物も人間も、自然状態では資源を勝手に使っていいし、料金を払ったりもしない」
「そりゃそうね」
「そして、個々の動物や人間にとって、空気や水などの資源は1人前使えれば十分なんだよね」
「1人前?」
「たとえば、ある人が1日の呼吸で500グラムの酸素を体に取り入れてるとしたら、呼吸を倍にして酸素を1000グラム取り入れたら2倍うれしいってもんじゃないでしょ」
「たしかに……。そんなことしたら過呼吸で倒れちゃうわね」
「水は少し多めに飲んでも構わないけど、それでも必要量の10倍20倍の水を飲んだりしないでしょ」
「そうね。そんなに飲んだら体調を崩すわ」
「うん。だから、それぞれの動物や人間が1人前の資源を使うのに十分な量がある限り、争いにはならないはずだ」
「ふーむ、そうかもねぇ」
「これは、土地という資源に関しても言えることだと思うんだよね」
「そうなの?」
(Image by Bobby Mckay)
巣作りに使う土地は1人前でいい
「動物は巣を作って棲んだり、エサを取るための縄張りを確保したりという形で土地を使うよね」
「ふむ」
「巣にしろ縄張りにしろ、動物が土地を使う時は勝手に使うのであって、誰かに断ったりはしない」
「そうね」
「もちろん、使用料を払ったりもしない」
「まぁ、誰に払えばいいかも分かんないしね」
「うん。それで、巣の大きさには丁度いいサイズというものがあるはずだよね。その10倍のサイズの巣を作ったら10倍うれしいというものではないでしょ」
「動物の場合はそうかもね。でも私は、家は大きければ大きいほどうれしいけど」
「うーん、家が大きい方がいいっていうのは、実用的な理由と言うよりは“見栄”じゃない?」
「まぁ、そうかもね。そもそも、大きすぎる家に住んだら掃除が大変か」
「うん。基本的には、大きすぎる家に住むのは無駄なことだよね。こういう無駄なことが出来るほど金持ちなんだよと自慢したいんでしょ」
「そうかもね……。巣として利用する土地は、本来は1人前あればいいってことか」
「そういうこと」
縄張りも1人前でいい
「でも、縄張りは広ければ広いほどいいでしょ?」
「たしかにね。全体的にエサが少ないような状況でも、縄張りが広ければ十分なエサを確保できる可能性が高まるからね」
「じゃあ、皆が縄張りを広げようとして争いになっちゃうじゃん」
「そうだね。でも、1人前の縄張りを確保できていれば、それ以上の部分についてはそれほどこだわらないはずだ」
「と言うと?」
「たとえば、縄張り2人前の土地しかない島にA、Bの2個体がいるとするでしょ」
「ふむ」
「Aがこの島全部を自分の縄張りだと主張したら、Bはそれを認めるわけにいかない。縄張りゼロでは生きていけないからね」
「そりゃそうね」
「Bとしては、命を賭けてでもAと戦って自分の縄張りを確保するはずだ」
「ふむ」
「一方でAとしては、2人前の縄張りを守るために命を賭けてまで戦う理由は無い。殺し合いは避けていくらかBに譲るだろう」
「そうかもね」
「結果として縄張りが1対1になるのか、1.1対0.9になるのかは分からないけど、どこかで妥協するはずだよね」
「ふむふむ」
「殺し合いになるとしたら、1人前しか土地が無いところに2個体いるような場合だけだ」
「あー」
「1個体当たり1人前より広い土地があれば殺し合いまではしない。縄張り争いをしたとしても、小競り合い程度のことだ」
「なるほど」
「縄張りというものは、ゼロということは無いし、とりあえず1人前あればいいし、10人前、20人前の縄張りを確保して守る理由も無いってことだ」
「ふーむ。縄張りは自分の力で守らなきゃいけないからね。広すぎても大変か」
「そういうこと」*2
所有とは何か
「それで、もともと何の話だったっけ」
「所有とは何かだ。ここまではずっと自然権の話をしてきたけど、やっと所有についての話に入れる」
「ほう」
「まず確認しておくけど、自然状態では所有の概念は無い」
「そうなの?動物は縄張りを所有してるんじゃないの?」
「いや、動物はある領域を自分の縄張りだと主張して、自分の力で守っているだけだ。これは所有ではなく自然権の行使にすぎない」
「うーん、違いが良く分からないけど」
「所有というのは、法律や政府の力を借りて、資源を自分の支配下に置くことを言うんだ*3」
「ほう」
「自然状態では自分の目の届く範囲しか縄張りにすることは出来ない。縄張りを守るのは自分だからだ」
「ふむふむ」
「しかし、所有の概念があると、いくらでも広い土地を我がものにすることが出来る。その土地を守ってくれるのは法律や政府、つまり警察や裁判所などだからだ」
「なるほどねぇ」
「自然状態では、資源は1人前使えればいいのであって、大量の資源を我がものにすることには意味が無かったよね」
「そうね」
「しかし、所有の概念があると話が変わってくる。いくらでも大量の資源を自分の支配下に置くことができて、しかもそれを法律や政府が守ってくれるからだ」
「ふむふむ」
「そうすると、ちょっと頭のいい人はこう考えるだろう。『大量の資源を一度所有してしまえば、あとはそれを人に貸すだけで永久に使用料を取れるのではないか?』とね」
「私でもそう思うわね」
「そういう人たちは、土地を所有するチャンスがあれば、可能な限り大量の土地を所有しようとするだろう*4」
「あっ……!白人たちがアメリカ大陸でやったことね」
「そうだね。そんな風にして全ての土地が誰かに所有されてしまうと、土地を持っていない人が家=巣を作ろうとしたら、使用料を払って土地を借りるしかなくなる*5」
「そうね」
「しかし自然状態では、巣作りのための土地なんて勝手にタダで使用できたんだよね。つまり、資源を勝手に使って構わないという自然権が、所有によって不当に侵害されていると言えるだろう」
「なるほど……」
「もし仮に、地球上の空気という資源が全て誰かに所有されていたとしたら、それがひどい権利侵害だということは明らかだよね」
「たしかに……」
「改めて、所有とは何かを定義しよう。所有とは、法律や政府の力を借りて資源を自分の支配下に置き、他者が自然権を行使してその資源を使用することを拒否・排除することを言う」
「……」
「そして、資源を所有する者は、他者がその資源を使用する時に不当に使用料を要求するんだ」
「ふーむ……」
「僕が前回、『所有すること自体が不当』だと言った理由が分かったかな?」
「うーん……。分かった気がするけど……。うーん……」