転生パラダイス 第2話
ご飯を食べる
服を着て公園に戻ると、サンタ爺はベンチで休憩していた。
「おお、戻ったか」
「はい。お世話になりました」
「何か思い出したかね」
「いえ……。お金のある国に居たってことぐらいですね」
「そうかね。それにしては日本語が上手いようだが」
(お金のある“日本”にいたんだから当たり前だけどね)
「お金が無いなんて、不思議です。どうしてお金無しで経済が回るんですかね」
「ふむ……。君、お腹はすいてるかね。昼ご飯でも食べようか」
「あっ、はい」
サンタ爺に連れられて公園から少し歩くと、一階に花屋がある二階建ての建物に着いた。
スーパーか小さなショッピングモールのように見える。
中に入ると、飲食店、服屋、雑貨屋、ケーキ屋など、小さな店が無秩序にたくさん並んでいて、商店街のようだった。
「和食、洋食、中華があるが、どれがいいかね」
「あっ、じゃあ和食で」
「そうか。では斉藤さんのところにしよう」
「お知り合いのお店ですか?」
「まぁ、顔見知りではあるな」
エスカレーターで二階に上がって少し歩くと、“和食斉藤”と書かれた看板があった。
(そのまんまだな……)
店の中は落ち着いた雰囲気の食堂だった。
カウンターの向こうでおじさんが調理をしていて、奥さんらしき人が出迎えてくれた。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
僕たちはテーブル席に案内してもらった。
少し年期が入っているが、テーブルや椅子には高級感がある。
「今日は何が出来ますか?」
「刺身定食、天ぷら定食、天ぷら刺身定食といったところです」
「そうですか。では私には刺身定食をお願いします。君は若いんだし、刺身も天ぷらも食べられるだろう」
「あっ、はい」
「刺身定食に、天ぷら刺身定食ですね。お待ちください」
(なんだか豪勢なランチになってしまったな……)
お金を持っていないと、どうしても不安になる。
「あの、お金って、払わなくていいんですよね?」
「もちろんだよ」
少しホッとした。
「どうして斉藤さんはこの店をやってるんでしょう」
「後で直接聞いてみるといい」
しばらくして奥さんが運んできてくれた天ぷら刺身定食は、二千円払っても惜しくないほどの美味しさとボリュームだった。
(これがタダで食べられるとは……!天国かな?)
食べ終わると、サンタ爺が奥さんに声をかけた。
「奥さん、今日も美味しかったよ。ごちそうさま」
「それは良かった。こちらの若者も、お腹いっぱいになったかな?」
「あっ、はい。天ぷらもお刺身も、本当に美味しかったです。ごちそうさまでした」
「そう、良かったわ」
奥さんはニッコリ笑った。
働く理由
「あの、聞いてもいいですか?」
「何かしら」
「僕はお金のある国から来たので、この国の仕組みが良く分からないんです。どうしてお金が無くても人々が働くのか」
「そうだったの」
「奥さんと旦那さんは、どうしてこの食堂をやってらっしゃるのですか?」
「うーん。美味しかったよって言ってもらえると嬉しいから、かしら」
「働かずに生きようとは思わないんですか?」
「そうね。そうすることも出来るし、実際そうしてる人も居るわ」
「あ、やっぱり」
「でも人間ってね、生活に全く不自由せず、何をしてもしなくても構わないとなったら、人の役に立つことをしたくなるものなのよ」
「そうでしょうか」
(僕だったら部屋に引きこもってずっとマンガ読んだりゲームしたりしてるけどな……)
「人は何もしないでいることは出来ないし、どうせ何かやるんだったら人の役に立ちたいと思う人が多いと思うわ」
「うーん……」
「それにね、自分は何の役にも立ってない、役立たずだなと思いながら生きていくのって、辛いことだと思うの」
「……」
「たとえば貴方の居た国でも、人の家に居候して、何の手伝いもしなかったら、居心地が悪いでしょう」
「たしかにそうですね。せめて掃除ぐらいしないと、って気になります」
「そうでしょ?」
(“人の役に立ちたい”がモチベーションになってるってことか……)
たしかに僕がいた世界でも、人に笑ってもらうことが嬉しくてお笑い芸人を目指してる人はいただろう。
聞いてくれる人を楽しませたくて歌手を目指している人も。
決してお金儲けだけが動機ではなかったはずだ。
「でも、飲食店をやるのって大変じゃないですか?」
「お金がある国で飲食店をやることに比べたら楽なものよ」
「どうしてですか?」
「開店資金を貯める必要も、借金をする必要も無いし」
(そうか、お金が無ければ借金も無いよな。すると、借金取りというキツくて不毛な仕事も無いし、借金苦で自殺する人も居ないわけか……)
「そもそもお金の勘定をしなくていいし、経営が上手である必要は無いの」
「ううむ……」
「美味しい料理を食べて欲しいって気持ちさえあれば誰でも始められるわ。お金のある国ではそうはいかないでしょう?」
「なるほど……」
この世界なら、人を楽しませたいという気持ちさえあれば、お笑い芸人にも歌手にもなれるわけか。
「家賃とか仕入れとかもタダなんですよね?」
「もちろん。誰かに手伝ってもらう場合にも給料は必要ないわ」
(タダ働きでバイトなんて、僕のいた日本じゃあり得ないな……。いや、学生が勉強時間を削ってバイトすることが無くなるから、その方がいいのか?)
「それに競合店があったとしても、お金目当てでやってるわけじゃないから、こっちの店を妨害してくるなんてこともあり得ないのよ」
「ふーむ……。いいことづくめですね」
僕は素直に驚いた。
話を聞いていると、お金のある国の方が間違っている気さえしてくる。
本当に何もかも上手くいくのだろうか。
<続く>