「ねぇ、質問があるんだけど…」
「なんだい?」
「銀行は預金を作り出せるって言ったよね」
「うん」
「コンピュータに数字を打ち込むだけで作れるんでしょ?」
「そうだね」
「だとしたら、預金って本当にお金だって言えるのかな?」
「ふむ。お金じゃないとしたら何だと思う?」
「うーん、単なる数字でしかないというか、単なる約束でしかないというか……」
「なるほど。紙幣こそが本物のお金で、預金は単なる数字、単なる約束に過ぎないんじゃないかと言うわけだね?」
「そうそう」
「預金は本当にお金だと言えるのか?とてもいい質問だと思うよ」
「そう?」
「うん。その質問について考えることは、お金とは何なのかを考えることにもなるからね」
「ふーん」
「現金と預金を比べて、何が違うのかを考えてみようか」
「うーん、現金は紙だから、手でさわれる……とか?」
「そうだね、現金はさわれるし、目の前の相手に手渡しで渡せる。預金ではそうはいかないよね。他には?」
「うーん……預金は銀行がつぶれたら無くなっちゃう」
「確かにね。でもつぶれても預金保険制度で保護されるから、その点は無視できるとしよう」
「あとは……うーん……」
「違いを考えやすくするために、思考実験をしてみようか。もしも預金が手でさわれて、手渡しできるとしたら、どうかな」
「えっ、そんなことあり得るの?」
「想像してみて。預金の振り込みを手渡しで簡単に出来るようにするサービスを、全ての銀行が共同で始めたとする」
「どんなサービス?」
「利用者はあらかじめ、銀行からコインのようなプラスチックを受け取って専用のサイフに入れておく。このプラスチックをチップと呼ぶことにしよう」
「ふむふむ」
「チップは1万円のものや千円のものなど、いろいろ種類がある。そして全てのチップは、どのチップが誰のサイフに入っているのかが自動的に分かるようになっている」
「いや、今の技術で可能だよ。思考実験だからどっちでもいいけどね」
「へぇ!そうなんだ」
「まぁそれはいいとして、例えば僕がサイフからチップを取り出して君に渡し、君がそのチップをサイフに入れたら、それが自動的に銀行側に伝わるわけだ」
「ほほう」
「そうしたら、僕の口座から君の口座への振り込みが自動的に行われるって寸法さ」
「ははあ」
「どうだい?このサービスがあれば、預金を目の前の相手に手渡しすることが出来るだろう」
「そう言えないこともないわね」
「チップそれ自体はただのプラスチックだけど、そのチップには1万円なり千円なりの預金が紐づいているわけだ」
「ふーむ」
「このサービスを皆が使っているとしたら、チップは現金と全く同じように使えるよね」
「そうかもねぇ」
「改めて比べてみよう。1万円の預金が紐づいたチップと、現金の一万円札は、何が違うだろうか?」
「むむむ……あんまり違わないような……」
「違わないなら、預金は現金と同様にお金だと言える、ってことだよ」
「うーん、そうなのかなぁ……」
「逆に言うと、現金の一万円札は、1万円の預金が紐づいた紙切れだとも言えるんじゃない?」
「えっ??えっ???……わけ分かんない」
「ごめん、今のは忘れて(笑)」
「むー……」
「チップと現金の違いを一つ挙げるなら、チップには匿名性が無いってことかな」
「匿名性?」
「チップだと、誰が誰にいくら払ったということが銀行には分かってしまうからね」
「あー……」
「現金なら、誰が誰にいくら払ったかなんて、当人同士にしか分からないでしょ」
「確かに……」
「まとめると、現金は手渡しできて匿名性のあるお金、預金は手渡しができなくて匿名性のないお金、ってこと」
「ふーむ。やっぱり預金もお金なのかー」