今回の記事は、以前書いた「貨幣乗数論のウソ」の続編です。
まだ「貨幣乗数論のウソ」を読んでいない方は、そちらから読んでいただければ幸いです。
経済学の教科書には貨幣乗数なるものの数式が載っているようです。
それは以下のようなもの。
M=mH
Hはハイパワードマネーで、マネタリーベースと同じ意味です。
アミューズメントカジノのモデルなら物理チップ総額ですね。
Mはマネーストック。
アミューズメントカジノの閉店後の預けチップ総額です。
mが貨幣乗数と呼ばれるもので、マネーストックはマネタリーベースの貨幣乗数倍に膨らむという意味らしいです。
市中にある現金通貨の総額をC、預金通貨の総額をDとすると、
M=C+D
となります。
銀行の金庫にある現金はCに含みません。
銀行が持つ現金と日銀当座預金を合わせた総額をRとすると、
H=C+R
となります。
以上より貨幣乗数mは
m=M/H
=(C+D)/(C+R)
=(C/D+1)/(C/D+R/D)
ここで、R/Dを預金準備比率と言い、通常は1より小さな値です。
C/Dは預金現金比率と言い、現金の割合が小さくなるほど小さな値になります。
教科書が言うところでは、R/Dが1より小さいならC/Dが小さくなると貨幣乗数mが大きくなり、その結果マネーストックMが大きくなるとのことです。
本当にそうでしょうか?
アミューズメントカジノのモデルで考えると、お客さんが手持ちのチップを預けチップにしたところでチップ総額が増えたりしませんね。
何がおかしいのでしょうか?
具体的な数字で考えてみましょう。
C=10
D=90
R=10
だとします。
マネーストックは
M=C+D
=10+90
=100
です。
マネタリーベース(ハイパワードマネー)は
H=C+R
=10+10
=20
です。
貨幣乗数は
m=M/H
=100/20
=5
ですね。
ここで現金通貨10が全て預金されたとしましょう。
C=0
D=100
R=20
となります。
C/D=0、R/D=1/5ですから、貨幣乗数は
m=(C/D+1)/(C/D+R/D)
=(0+1)/(0+1/5)
=5
mは変わりませんでした。
なぜこうなったのか?
現金通貨10を預金したことで現金準備Rが増えてしまい、R/Dが変わってしまったからですね。
では、R/Dを変えずにC/Dが小さくなるケースを考えてみましょう。
元のR/Dは1/9ですから、
C=9
D=99
R=11
これならR/D不変で、C/Dが1/10→1/11と小さくなってます。
さらにH=C+R=20も変わらないように配慮しています。
この状態で貨幣乗数mを計算すると
m=(1/11+1)/(1/11+1/9)
=(12/11)/(20/99)
=(12×9)/20
=108/20
となり、確かに5より大きくなっています。
マネタリーベースも
M=mH
=108/20×20
=108
となり、100から8増えてます。
この時、何が起きているのでしょうか?
顧客が現金1を預金しただけではD=91ですから、D=99には8足りませんね。
預金を単純に増やすには、預金設定による貸し出しをするしかありません。
銀行が預金通貨8を新たに作って誰かに貸し出したのです。
結局、顧客が現金1を預金するとともに銀行が新たに預金通貨8を作って貸し出すと、貨幣乗数が大きくなり、その結果マネーストックが8大きくなると言っているのです。
預金通貨を作って貸し出すというのは、マネーストックを増やすということです。
「マネーストックを増やすとマネーストックが増えます」というだけのことを、ややこしい数式で説明しているわけです。
実に馬鹿馬鹿しい話ですね。
この数式に意味があると思いますか?
この数式はよくよく考えてみると、
(C+D)/(C+R)=(C+D)/(C+R)
という、当たり前の恒等式をちょっと変形して味付けをしただけのものです。
恒等式というのはX=Xのように、常に成り立つ等式のこと。
C,D,Rがどんな値でも成り立つのです。
M=mHは方程式ではなく、常に成り立つ恒等式が形を変えただけのものだったということ。
当たり前の恒等式をいじくった挙げ句、「マネーストックを増やすとマネーストックが増える」という当たり前の結論を出して、ドヤ顔で教科書に載せてるのですから馬鹿としか言いようがありません。
結局のところ、貨幣乗数というのはマネーストックをマネタリーベースで割ったもの、という程度の意味しか無いのです。
貨幣乗数は結果にすぎないということ。
貨幣倍率とでも呼んだ方が誤解が無いでしょう。
“経済学の他の分野のいかなるものにも増して、貨幣の研究は、事実を明らかにするためではなく、真実を偽装し、あるいは真実を回避するために、複雑さが利用される分野なのだ。”
ー ジョン・ケネス・ガルブレイス