経済学を疑え!

お金とは一体何なのか?学校で教えられる経済学にウソは無いのか?真実をとことん追求するブログです。

一般的な「お金の総量」を考える

一般的な「お金の総量」は、経済主体を限定して計数している

前回、お金の総量は常にゼロだと書きました。

しかし、実際に日銀が計数して公表しているお金の総量、すなわちマネーストックやマネタリーベースはゼロではありません。

これはなぜかと言うと、お金の量を計数する経済主体を限定しているからです。

基本的に、お金をプラスの残高で保有する経済主体、つまりお金の利用者に限定して総量を計数しているのです。

お金をマイナスの残高で保有する経済主体は、マイナスになっている分だけお金を発行して利用者に渡したわけですから、お金の発行者だと言えます。

一般的な「お金の総量」は、お金の利用者が総額どれだけのお金を保有しているかという数字であり、同時にお金の発行者が総額どれだけのお金を発行したかという数字でもあるわけです。

 

日銀マネーというお金

日銀が発行者となり、それ以外の経済主体が利用者となるお金のことを、ここでは日銀マネーと呼ぶことにしましょう。

日銀以外の経済主体は、大きく分けて中央政府(以下、単に政府と呼ぶ)、銀行、公衆(企業、家計、地方政府など)の3つです。

また、日銀マネーも3種類あり、日銀券(紙幣)、日銀当座預金、政府預金の3つです。*1

3つとも全て、日銀のBS上で負債として表現されています。

日銀マネーの利用者(プラス残高のお金として保有している経済主体)は、政府預金については政府、日銀当座預金については銀行、日銀券については政府、銀行、公衆です。

利用者が保有する日銀マネーの総量は、発行銀行券(日銀券の発行残高)+日銀当座預金+政府預金となります。

もちろん、発行者である日銀を含めて総量を計算すれば0です。

 

マネタリーベースというお金

日銀と政府が発行者となり、銀行と公衆が利用者となるお金の総量をマネタリーベースと言います。*2

マネタリーベースを構成するお金は3種類あり、日銀券(紙幣)、日銀当座預金、貨幣(=硬貨)の3つです。*3

日銀券と日銀当座預金の2つについては、日銀BS上で負債として表現されています。

利用者が保有するマネタリーベースの総量は、発行銀行券+日銀当座預金+流通貨幣(日銀の外に流通している硬貨の総額)です。*4

もちろん、発行者である日銀と政府を含めて総量を計算すれば0になります。

 

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マネタリーベースを見る時の視点

 

マネーストックというお金

日銀と銀行が発行者となり、公衆が利用者となるお金の総量をマネーストックと言います。

ここで、日銀と全ての銀行を連結して1つの経済主体と見たものを銀行システムと呼ぶことにしましょう。

銀行システムが発行するお金は3種類あり、現金通貨、預金通貨、政府預金の3つです。*5

これらは全て銀行システムの負債として表現されます。*6

これら3つのうち、現金通貨と預金通貨は公衆が利用者として保有しており、政府預金は政府が利用者として保有しています。*7

公衆が利用者として保有している現金通貨と預金通貨の合計がマネーストックとなります。*8

もちろん、これら3種類のお金を発行者である銀行システムを含めて総量を計算すれば0になります。

なお、政府はマネーストックの発行者ではありませんが、利用者でもありません。

政府預金はマネーストックの計数から外れているため、政府預金の一部が公衆に渡されるとマネーストックが増加することになります。*9

この点においては、政府はマネーストックの発行者であるかのように振る舞うということです。*10

 

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マネーストックを見る時の視点

 

マネタリーベースとマネーストックは別種のお金

時々、マネタリーベースとマネーストックを同一のレベルで捉えている人が見受けられます。

つまり、まずマネタリーベースというお金があって、銀行が貸し出しによってそれを膨らませるとマネーストックになるという風な考え方です。

しかし、「マネタリーベースにプラスアルファするとマネーストックになる」というような関係にはなっていませんから、これらはレベルの違う*11お金と捉えるか、あるいはいっそ別種のお金であると捉えた方が良いでしょう。*12

あくまで、統合政府(中央銀行+政府)が非政府部門(銀行と公衆)に供給するお金がマネタリーベースなのであり、金融部門(中央銀行と銀行)が民間非金融部門(公衆)に供給するお金がマネーストックです。

マネタリーベースを見る時とマネーストックを見る時とでは、視点が全く違うのです。

 

お金の利用者は残高をマイナスにできない

お金の利用者は、基本的に自分が持っているお金の残高をマイナスにすることが出来ません。*13

たとえば預金の残高が1000の時に、1万円の靴を預金の振り込みで(あるいはデビットカードで)買って、残高を-9000にすることは出来ませんよね。*14

マイナスにすることが出来ないと、利用者が持つお金の総量が多いか少ないかが問題になります。

もしマイナスに出来るなら、利用者のお金の総量が仮にゼロでも財(モノやサービス)の売買に支障は全くありませんが、マイナスに出来ない場合は総量がゼロなら誰も財を買うことが出来ません。

ゼロでなくてもお金の量が少ないと、財の売買がしにくい状況になります。

人を雇ってモノを生産したい人がいて、働いてお金を稼ぎたい人がいて、生産されるモノを買いたい人がいるのに、お金という数字が不足しているという理由で生産できず、労働できず、モノを買えずということがあり得るわけです。

このような不幸は避けられるべきでしょう。

また、お金の総量がある程度多かったとしても、利用者を富裕層と貧困層に分けて量を見た場合に貧困層保有するお金が不足していたら、やはり財の売買がしにくい状態になります。

しかしこのような状態は、富裕層から見るとある意味望ましい状況だと言えるかも知れません。

手元にお金が無い人は、雇用の条件がかなり悪かったり借金の金利がかなり高かったりしても受け入れざるを得ないため、富裕層にとってはお金儲けがしやすくなるからです。

いずれにせよ、「お金の利用者は残高をマイナスにできない」というルールは、お金というものの本質を考える上で非常に重要な事実であると言えるでしょう。

 

まとめ

ここまでをまとめます。

  • お金の総量は、全ての経済主体で計数すると常にゼロだが、計数の対象となる経済主体を限定すればゼロでない数字になる
  • 日銀と政府が発行者、銀行と公衆が利用者であると見て計数したお金の総量がマネタリーベース
  • 日銀と銀行が発行者、公衆が利用者であると見て計数したお金の総量がマネーストック
  • マネタリーベースとマネーストックは異なる視点から見た別種のお金
  • お金の利用者は残高をマイナスにできない

 

次回、お金はいつ増えるのかという話を掘り下げます。

 

*1:一般的に日銀マネーという言葉が使われる場合には、マネタリーベースを指すことが多いようです。ここで定義した日銀マネーはマネタリーベースとは異なります。

*2:日銀の定義では「日銀が供給する通貨」とされています。つまり、政府が発行する硬貨も日銀が供給しているものと捉えています。ここでは硬貨は政府が発行し利用者に供給していると考えます。

*3:政府預金は政府がプラス残高で、日銀がマイナス残高で保有していてその他の経済主体は保有していませんから、日銀と政府を一体で考える限り常に0です。

*4:厳密に言えば、政府が保有している紙幣と貨幣はマネタリーベースから差し引くべきです。政府はマネタリーベースの発行者であって利用者ではありませんから。しかし実際には政府が保有する紙幣と貨幣もマネタリーベースに含めてしまう定義になっています。計数上の都合と思われます。

*5:日銀当座預金は銀行がプラス残高で、日銀がマイナス残高で保有していてその他の経済主体は保有していませんから、日銀と銀行を一体で考える限り常に0です。なお、日銀当座預金を持つ証券会社や短資会社等はマネーストック統計の通貨保有主体ではありませんから、ここでの経済主体の分類の中では銀行に含めています。

*6:発行銀行券から銀行が保有する現金を差し引くと、銀行システムの外にある現金の量に一致します。

*7:厳密に言えば現金通貨の一部は政府が保有していますが、その量は無視できると考えることにします。

*8:日銀はマネーストックを何種類か定義していますが、ここではM1を扱います。

*9:逆に公衆から政府にお金が渡されるとマネーストックは減少します。

*10:ただし、政府は政府単独で政府預金をマイナスにして支出することは出来ません。

*11:レイヤーが違うと言った方が分かりやすいでしょうか。

*12:マネタリーベースよりマネーストックの方が小さいということもあり得ます。実際、アメリカではリーマンショック後に貨幣乗数が1を割り込み(マネーストックがマネタリーベースより小さくなり)、最近まで1を切ったままでした。

*13:これは単にマイナスに出来ないルールになっているからです。別に利用者が残高をマイナスに出来るルールにしても構いません。しかしその場合、利用者と発行者の区別が無くなります。

*14:当座借越(とうざかりこし)と言って、当座預金の場合は残高をマイナスにすることも出来ます。当座借越の契約をしていれば、当座預金の残高が不足した時に一定額までは残高をマイナスにすることが出来ます(その分だけ銀行に立て替えてもらう形になります)。