私が3年前に書いた「銀行にとってのキャッシュとは何か」というエントリーに、ある読者の方から以下のような質問がありました。
銀行が自分の店舗を改修してその代金を業者に支払う場合にお金の流れはどうなりますか。
銀行は自分自身の銀行内に自分自身の普通口座を持っていてその口座から業者に振り込んでいるのでしょうか。
銀行が日銀当座預金口座以外に自分自身の預金口座を持っているのかどうかという事を知りたいです。
銀行が自分自身の銀行内に自分自身の口座を持っているのか?というのは非常に鋭い着眼点です。
これについて考えると、銀行の信用創造とはどういうことなのかがより深く理解できるようになります。
以下、私からの回答をまとめます。
結論から言うと、明示的には自行の預金口座など持っていませんが、“本当は持っている”と言うことが出来ます。
どういうことか、説明しましょう。
仮に、私とあなたがA銀行に預金口座を持っていて、それぞれ残高は10万円とします。
私があなたに1万円を預金通貨で支払うと、私の口座の残高は1万減って9万となり、あなたの口座残高は1万増えて11万となりますね。
さらに9万円を支払えば、私の残高は9万減って0となり、あなたの残高は20万になります。
私の残高が0になったので、これ以上支払うことは出来ません。
預金口座の残高は、マイナスにすることが出来ないということです。*1
さて、銀行の自行口座についてです。
銀行もやはり自行の預金口座を持っていて、その口座から支払いをしていると仮定してみましょう。
その場合、銀行だけは自行の口座の残高をマイナスにしていると考えると上手く説明できるのです。
つまり、たとえばA銀行の自行口座の残高が-100万だったとして、A銀行自身が私に1万円を預金の振り込みで支払うと、A銀行の自行口座の残高が-101万となり、私の残高が0から1万になるという具合です。
私たちの預金残高がプラスであるということは、その数字の分だけ現金を引き出す権利があるということですよね。
逆に、預金残高がマイナスであるということは、その数字の分だけ現金を引き渡す義務があるということです。
私たちが銀行に現金を預け入れると、その金額の分だけ現金を引き出す権利が増えます。
すなわち、口座の残高が増えます。
逆に、銀行が誰かから現金の預け入れを受けると、その金額の分だけ現金を引き渡す義務が増えます。
すなわち、口座の残高が減ります(マイナスが大きくなります)。
銀行と顧客との間で預金通貨の移動をするにしろ、現金の預け入れや引き出しをするにしろ、顧客側の残高が増えれば銀行側の残高が同じだけ減り、顧客側の残高が減れば銀行側の残高が同じだけ増えます。
銀行が最初に営業を開始した時には自行口座を含めて全ての口座の残高が0ですから、全口座の残高合計も0です。
また、どこかで増えた分だけどこかで減るわけですから、残高合計は常に0になるはずです。
つまり、もし全顧客の口座の残高合計が1兆円ちょうどだったとすれば、その時の自行口座の残高はマイナス1兆円ちょうどになります。
銀行のBS上で全顧客の預金が資産ではなく負債として計上されていますが、それは自行の口座残高がマイナスであることを意味していると言えるわけです。
実際、銀行は顧客の預金残高の分だけ現金を渡す義務を負っていますよね。*2
このような意味において、銀行は自行の預金口座をマイナスの残高で持っているわけです。
質問に戻ると、「銀行が自分の店舗を改修してその代金を業者に支払うとお金の流れは」銀行の自行口座の残高を減らして(マイナスを大きくして)業者の口座の残高を増やすという形で支払っていることになります。
「銀行が日銀当座預金口座以外に自分自身の預金口座を持っているのか」というと、明示的には持っていないのですが、顧客の口座の裏返しの形でマイナス残高の口座を持っていると考えることが出来る、という回答になります。
銀行の信用創造というと、無から有が生まれる不思議な錬金術のように考えている人もいるかも知れません。
しかし実は不思議でもなんでもなく、預金残高をマイナスに出来る特権を持った銀行が、普通に自行の預金残高を減らして支払ったり貸し付けたりしているだけだと言えるわけです。