「今回は、借金とは何かという話をするよ」
「はい」
「お金は麻雀の点棒に似ているという話は分かってくれたかな」
「分かったような気がします」
「前回言ったように、各自がノートを持って、生産物プールに生産物を投げ入れたら数字をプラス、プールから生産物を取ったら数字をマイナスしていれば、経済は問題なく回る」
「ふむ。モノやサービスを買ったら数字を減らして、モノやサービスを売ったら数字を増やすということですよね*1」
「そう。この数字をきちんと管理できるなら、紙幣や硬貨のようなお金は無くてもいい」
「でも、ノートで数字を管理するのは、計算を間違えるかもしれないし、ウソをつくかもしれないし、何より面倒ですよ」
「そうだね。でも、今時はみんなスマホを持ち歩いているから、スマホのアプリで数字を管理するのであれば、出来そうだよね」
「なるほど……そうかも知れませんね。ところで、この数字は0になったらそれ以上は使えないわけですか?」
「そう、その点は重要だね。もし、この数字をいくらでもマイナスにすることが出来るなら、みんな生産物を取るばっかりで投げ入れないだろう。どこかに下限を設定する必要がある」
「その下限が0だってことですね」
「そういうこと。別に下限をマイナス20万円とかに設定してもいいんだけどね。現実の世界では、預金残高が0で手持ちの現金も0だったら生産物を買えないわけだから、下限は0に設定されているということだ」
「ふーむ。じゃあ、まず生産物をプールに投げ入れて数字をプラスにしてから、プールから生産物を取るという順番になりますね」
「そう、その点も重要だ。私たちがこの世に生まれて人間としてのゲームを始める時には、数字は0の状態からスタートするんだよね。下限も0だから、まずプラスにしなければならない」
「そうですよね」
「ここで問題が発生する。もし皆が初期値0でゲームをスタートしたとすると、誰もが先に生産物を投げ入れようとするから、生産物を受け取る人がいなくなってしまうんだ」
「ははぁ……。受け取る人がいないなら、投げ入れることも出来ませんね」
「そう、この条件では経済が回らない。先に生産物を投げ入れようとする人と同じぐらい、先に生産物を受け取ろうとする人がいないとダメなんだ*2」
「なるほど。でも、先に生産物を受け取れば数字がマイナスになってしまいますよ。どうすればいいんです?」
「ここで、ノートを管理している人の出番となる。ノートの管理者は、ノートの数字を恣意的に書き換えることができるからね」
「えっ、数字を書き換えちゃうんですか。つじつまが合わなくなりませんか?」
「大丈夫だよ。たとえば、ノートの数字が0だけど10万円のパソコンを買いたい、生産物プールから先取りしたいという人のノートに、管理者が100,000と書き込んで数字を増やす」
「ふむ。その人はパソコンを受け取って、数字が10万減って、0になりますね」
「その後で、10万円分の生産物をプールに投げ入れてもらう」
「数字がまた10万になりますね」
「そうしたら、管理者がその数字を10万減らして0にする。これでつじつまが合うだろう」
「なるほど」
「これが、銀行がお金を貸す時と返済される時にやっていることだよ」
「えっ、本当ですか?」
「銀行は預金通帳というノートを管理して、数字を書き換える権限を持っている。銀行はノートの数字を書き換えて、実質的にお金を作り出して貸しているんだ」
「うーん……。そんなこと、信じられませんよ」
「そう?」
「銀行は預金で現金を集めて、集めた現金を貸しているんでしょう?」
「そういう風に考えている人は多いけど、それは勘違いだよ」
「そうなんですか?」
「さっきのたとえ話では、ノートの数字を増減させるだけで経済が回っていたよね。現実の世界でも、現金というものが無くても経済を回すことは可能だ」
「ああ……。現金は麻雀の点棒と同じで、あれば便利だけど無くても問題ないんでしたね」
「そういうこと。現実の社会でもクレジットカードやデビッドカードを始めとするキャッシュレス決済がどんどん普及していけば、現金は不要になっていくだろう」
「そうですね」
「現金が必要なくなって全く使われなくなったとしたら、銀行に『預金する』とは何だろうね」
「うーん……」
「少なくとも現金を預け入れるという意味での『預金』は無くなるし、そうなったら銀行が貸し出しできなくなるわけでもないでしょ」
「そうか……。ノートの数字を増やしたら、お金を貸したことになるわけか……」
「そういうこと。改めて説明しよう。銀行による貸し出しというのは、生産物プールからの先取りを許可して、預金通帳というノートの数字を増やすということだ」
「ふむ」
「借り手の立場で言えば、銀行からお金を借りるということは、プールから生産物を先取りすることの許可を銀行に願い出て、許可を得て通帳の数字を増やしてもらうということだ」
「なるほど」
「銀行は、生産物プールからの先取りを許可する権限、言い方を変えれば預金通帳の数字を書き換えてお金を作り出す権限を持っているわけだ」
「ふーむ……。それってもしかして、すごく強い権限なのでは?」
「この世界では何をするにもお金が要るわけだから、絶大な権限だよね。銀行に逆らえる人は居ないと言っても過言じゃないよ」
「うーむ……」
「気をつけて欲しいのは、銀行は自分が持っている経済的資源を身を切って貸し出しているわけではないということだ」
「ああ、数字を増やしてるだけですもんね」
「そういうこと。よく『銀行は無からお金を作り出している』と言われることがあるんだけど、それはこのことを言ってるんだよ」
「なるほど」
「『銀行は無からお金を作り出している』を言い換えれば、『銀行は通帳の数字を増やしている』ということだ。これは別に不思議なことではないでしょ」
「そうですね。そうすることが違法でなければ、ですけど」
「実際に銀行がやっていることだからね。これが違法なのであればとっくに摘発されてるよ」
「ですよね……」
「もう一つ気をつけて欲しいことがある。これも結局、同じことを言ってるんだけどね」
「なんですか?」
「お金を借りた人は本当は生産物プールから借りているのであって、銀行から借りているのではないということだ」
「銀行は数字を増やしてるだけですもんね。でも、そうだとすると銀行は何をやってるんです?」
「銀行がやっていることは、生産物プールから先取りすることの許可と、ちゃんと生産物プールに返すことの監視、ということになるかな」
「許可して、数字を増やして、監視ですか。それで金利を取るというのは、何か釈然としませんね」
「まぁ、普通そう思うよね。私もそう思うよ」