植松被告人との対話② お金とは何か
「さて、お金とは何かという話をしよう」
「はい」
「ときに植松君は、麻雀というゲームを知っているかな」
「マージャンですか。やったことはありませんが、なんとなくは」
「136枚の牌(パイ)を使って4人でやるゲームで、最初に手を完成させた人がその手役に応じた点数を他の人から受け取るというゲームだよね」
「そうですね」
「この点数の受け渡しをする時には、点棒というものを使う」
「ああ、見たことありますよ」
「一万点棒、五千点棒、千点棒、百点棒とあって、たとえば8000点渡す必要がある時には五千点棒を1本と千点棒を3本渡したりする」
「はい」
「今から説明したいのは、お金というものは麻雀の点棒のようなものだ、ということだ」
「はぁ」
「まず考えて欲しいんだけど、麻雀というゲームは点棒が無ければ出来ないゲームだろうか」
「うーん……。牌が無かったらゲームにならないでしょうけど、点棒は別に無くてもいいんじゃないですか?」
「その通り。点棒が無かったとしても、点数が誰から誰に何点移動したのか、ということをノートか何かに記録していれば問題ない」
「そうですよね」
「点棒はあっても無くてもいい、ということは、点棒それ自体には別に価値は無いということだ」
「ふーむ」
「もし点棒それ自体に価値があるなら、点棒があっても無くても同じだ、とは言えないでしょ」
「たしかに」
「点棒というのはあくまでも、点数という数字がどう動いて、その結果各プレイヤーが持っている点数が何点になったのかを分かりやすくするための目印にすぎない」
「点棒は目印にすぎないと。そうですね」
「私が言いたいことは、お金も点棒と同じように数字の移動を分かりやすくするための目印にすぎなくて、お金それ自体には価値は無いということだ」
「うーん、それはちょっと……」
「理解出来ない?」
「はい。だって、どう考えても一万円札には一万円分の価値がありますよ」
「まぁ、普通そう思うよね。私自身ですら、一万円札には一万円分の価値があると感じている」
「そうでしょう」
「でもそう感じるのは、私たちがまだゲームの中にいるからだよ」
「どういうことです?」
「麻雀のゲームをやっている最中は、一万点棒を失えば痛いし、得れば嬉しい。点棒に価値を感じているということだ」
「ふむ」
「ところがゲームが終わって片づけた後で一万点棒を見れば、それはただの棒であって価値を感じないだろう」
「たしかに」
「同じように、人間としてのゲームを終えて死んだ後に、あの世から一万円札を見れば、それは触ることすら出来ない紙切れであって価値を感じないだろう」
「うーん。それはそうですが、死んだらお金だけじゃなく何もかも無価値になりますよ」
「ははは、確かにそうだね。じゃあこういう話はどうかな。かぐや姫が地球で人間のふりをして暮らすゲームをしている。ゲームを終えて月に帰る時に、お土産として宝石、食器、お金を持ち帰ったとする」
「ふむ」
「宝石や食器は月でも価値があると感じるだろうけど、お金は無価値になってしまうよね。紙幣なら単なる紙切れだし、硬貨でも素材としての価値だけしか残らない」
「なるほど、それなら分かります」
「お金と点棒が似ているような気がしてきたかな?」
「そうですね」
「では次に、前回話に出した生産物プールとの関係でお金というものを考えてみよう」
「生産物プール……。生産したモノやサービスを投げ入れる、架空の倉庫のようなものでしたね」
「そう。共同体のメンバーが皆で生産物をプールに投げ入れ、その生産物をメンバー皆で受け取り、それぞれ消費するという話だ」
「はい」
「誰にどれぐらいの生産物を分配するかというのは、けっこう難しい問題なんだけど」
「そうでしょうね」
「とりあえずは、ある人がプールから受け取れる生産物の量は、その人がプールに投げ入れた生産物の量と同じぐらいであればいいよね」
「多く生産した人は多く受け取れるということですよね。そうあるべきだと思います」
「生産物にはいろいろな種類があるから、その量を統一的に計るための尺度が必要になる」
「そうですね」
「生産物の量を、点数で表すことにしよう。この皿は1枚で500点、この米は5kgで2000点という具合だ」
「ふむふむ」
「500点の皿を4枚生産して誰かに渡した人は、2000点分の生産物をプールに投げ入れたことになる」
「はい」
「そうするとこの人は、2000点分の生産物をプールから受け取る権利を持っていることになるよね」
「そうですね」
「この状態を、『この人は生産物プールに対して2000点分の貸しがある』と言うことにしよう」
「貸しがあるから、いつでも2000点分の生産物をプールから受け取れるということですね。分かります」
「逆に、皿を4枚受け取った人は、生産物プールに対して2000点分の借りを作ったことになる」
「近い将来に、2000点分の生産物をプールに投げ入れる必要があるということですね」
「その通り。こんな風に、人々がそれぞれプールに対する貸し・借りが何点あるのかを管理して、各自がそれを0に近づけるように行動すれば、全体として経済はうまく回るだろう」
「1万点分の生産をした人は、1万点分の生産物を受け取れますからね」
「そういうこと。だから、各自がノートを持って、生産物を投げ入れたり受け取ったりするたびにその点数を書き入れて、プールに対する貸し・借りの残高を計算していれば経済は回る」
「そうかも知れませんね。でも、いちいち計算するのは面倒ですし、数字をごまかす人がいたら困りませんか」
「そうだね。だから、こういうノートで点数を管理する場合には、各自でやるんじゃなくて、誰か信頼できる人にまとめてやってもらう方がいいかも知れないね」
「なるほど。でも、いちいちその人に頼むのも面倒でしょう」
「そうだよね。点数をやりとりするのに、麻雀の点棒のようなものがあれば便利だよね」
「たしかに……」
「皿を受け取った人は千点棒を2本手放せばいいし、皿を渡した人は千点棒を2本受け取ればいいからね」
「いちいち計算しなくて良くなりますね」
「うん。そういうわけで、今のたとえ話の点棒に相当するものが……」
「私たちが使っている一万円札や千円札だ、ということですか」
「そういうこと。お金と点棒は似てるでしょ?」
「ふーむ……」
「ちなみに、さっき言ったノートは銀行の預金通帳に相当するよ」
「えっ、そうなんですか。うーん、ちょっと考えさせて下さい……」