「まず、前回までのおさらいをしよう」
- 経済とは、共同体のメンバーそれぞれが生産したモノやサービスを生産物プールに投げ入れ、それを皆で受け取り、それぞれが消費するということ。
- 生産物で見る限り、毎年の経済はちゃんと帳尻が合っていて、未来の日本人に何か負担をお願いするようなことは無い。
- お金とは麻雀の点棒のようなもので、あれば便利だけど無くても構わないゲームのコマにすぎない。
- 生産物プールに対する貸し・借りがどれぐらいあるのかを数字でノートに記録していれば、お金が無くても経済は回る。
- 預金通帳の管理者である銀行は、通帳の数字を増やすことで事実上のお金を作り出し、貸し付けることが出来る。
- 銀行からお金を借りた人は、本当は生産物プールから生産物を借りている。銀行は数字を増やしているだけであり、自分が持っている経済的資源を貸しているわけではない。
「では今回はいよいよ、政府の借金とは何かという話をするよ」
「はい」
「政府については、次の二点から考えよう。一点は、政府のやるべきことは何か。もう一点は、政府はどんな権限を持っているのかだ」
「ふむ」
「まず政府のやるべきことは、皆がやって欲しいことだけど、儲からないから誰もやらないようなこと、あるいは儲けてはいけないようなことだ」
「たとえばどんなことです?」
「国民の安全を守ったり、治安を維持したりとかね」
「自衛隊や警察がやってることですね。これは儲かりませんか?」
「こういうことは国全体としてやらなきゃいけないから、お金を払わない人はサービスを受けられない、という風にはできないよね」
「なるほど。全員が同様に恩恵を受けるなら、自分だけお金を払う人は居ませんよね。他にはどんなことです?」
「道路や橋を作ったりとかね」
「ふむ。これは儲けることもできそうですけど」
「高速道路は別として、普通に生活に使う道路は、通るたびにいちいち通行料を取られたら困っちゃうでしょ」
「なるほど。儲けてはいけないわけですね」
「うん。それから、ゴミの収集サービス。これはお金を払う人にだけサービスを提供することも出来るけど、払えない人がそのへんにゴミを捨ててしまうのでは困っちゃうよね」
「たしかに……」
「それから、働けないなどの理由で生産物を受け取れない人が、必要な生産物を受け取れるようにすることも政府がやるべきことだ」
「ふーむ。生活保護なんかですね。でも、生活保護って皆がやって欲しいことですか?職のある人にとっては必要ないと思うんですけど」
「失業してお金が尽きたら餓死する。そういう社会の方がいいと思う?」
「うーん……」
「餓死する心配があったら、雇い主から相当に理不尽な命令をされても服従しなきゃいけなくなるでしょ。セーフティーネットは職のある人にも恩恵があるんだよ」
「なるほど……」
「次に、政府が持っている権限について考えよう。政府はお金に関して2つの権限を持っている」
「ほう」
「ここでは、お金のことを点棒と呼ぶことにするよ」
「別にいいですけど、なんでですか?」
「点棒という言葉を使えば、それ自体には価値が無いこと、あれば便利なゲームのコマだけど別に無くてもいいものだということを、すぐに思い起こせるからだ」
「なるほど。それで、点棒に関しての2つの権限とは?」
「一つは、点棒を作り出して、その点棒で支払うことが出来るという権限。もう一つは、税金という名目で点棒を回収できるという権限だ」
「えーと、点棒を作るのはただの棒だからいいとして、それで支払っちゃうんですか?」
「そうだよ」
「日本の政府もそうなんですか?政府は日銀券を発行できないと思いますけど」
「この話が日本の政府にも当てはまるかどうかは後で考えることにして、今はそういう政府があるんだと思ってくれるかな」
「……点棒を作って支払うような政府がある、と。いいでしょう」
「点棒を作って支払うことで政府は何をするのか。それはさっき言った『政府がやるべきこと』だ」
「ふむ。皆がやって欲しいことだけど、儲からないから誰もやらないか、儲けてはいけないようなことですね」
「そう。これを生産物プールで考えてみよう」
「ふむ」
「たとえば生活保護。Aさんはお金が無いけど食料を必要としている。生活保護費として点棒を受け取って、Bさんが生産した食料を買ったとしよう」
「ふむふむ」
「この政府の計らいが無ければAさんは食料を受け取ることが出来なかったし、Bさんはこの追加的な食料生産をすることが出来なかった」
「うーん。生産することは出来るのでは?」
「いや、Aさんにお金が無く食料を受け取ることが出来なかったなら、BさんはAさんの分の食料を作ってもプールに投げ入れることが出来なかったことになる」
「なるほど」
「つまり政府の計らいによってBさんは食料を投げ入れることができて、Aさんは食料を受け取ることができたんだ」
「ふーむ。点棒は政府が作って払うんですよね」
「そう。政府が点棒を作ってAさんに渡し、それがBさんに渡る」
「そうですね」
「この時、生産物を作ったのはBさんで、受け取ったのはAさんだよね」
「はい」
「つまり、政府自体は生産物を受け取ってもいないし、作ってもいない」
「そうですね」
「と言うことは、政府は生産物プールに対して借りを作っていないし、もちろん貸しも作っていないということだ」
「たしかに、生産物で考えればそうですね。でも、点棒を作って渡したことは政府にとって借りになるのでは?」
「うん、形式的には借りになるんだけどね。実質的には借りではないんだよ」
「どういうことですか?」
「点棒を持った人が政府に対して『この点棒で生産物をくれ』と言っても、政府には何かを渡す義務は無いからね」
「そうなんですか」
「そもそも基本的には、政府は生産物を作らないんだよ*1」
「そうか……。まぁ、点棒を持っていて生産物が欲しいなら、誰かから買えばいい話ですからね」
「そうだね。ところで、いま説明したことは、生活保護で点棒を出す場合だけじゃなくて、他のケースについても言えるんだ」
「ほう。たとえば?」
「たとえば、安全保障サービスを生産するのは自衛隊員で、サービスを受け取るのは国民全体だよね」
「ふーむ」
「政府が点棒を作って自衛隊員に渡すんだけど、もしこの政府の計らいが無ければ、自衛隊員は安全保障サービスを生産してプールに投げ入れることが出来ないし、国民は安全保障サービスを受け取ることが出来ないわけだ」
「なるほど。だとすると、政府の計らいがあった方がいいですよね」
「そうでしょ。同様に、警察による治安維持サービスにも同じことが言えるよね」
「治安維持サービスを生産するのは警察官で、サービスを受け取るのは国民全体ですね。分かります」
「道路や橋を作ることも同じ。道路を造るのは建設業で働く人々で、その道路を受け取るのは国民全体だ」
「うーん、道路は政府が所有しているのでは?」
「名目的にはそうだけど、実際には道路を使うのは国民だし、政府は道路を売ることなんて出来ないでしょ」
「そうなんですか?」
「たとえば政府が全ての国道を営利企業に売却したら、その企業は国道を使う人から通行料を徴収するようになるだろう」
「ああ、それは嬉しくないですね」
「全ての国道を中国共産党に売ったらどうなるだろうか」
「うーん。通行料を取られても嬉しくないし、国道を勝手に閉鎖されたりしても困りますね」
「うん。売ることは出来ないでしょ?」
「そうですね」
「売ることが出来ない以上、道路は政府が所有していると言うよりも、国民が受け取って日々使っていると考える方が適切だろう」
「なるほど」
「そういうわけで、政府が点棒を作って渡すことで『政府がやるべきこと』をやる時、生産してプールに投げ入れるのも国民の誰かだし、受け取るのも国民の誰か、もしくは国民全体なんだよ」
「つまり、政府は生産物プールに対して借りも貸しも作らないと。そして、点棒を作って支払うことも借りになるわけではない、ということですね」
「その通り」
「まぁ、分かりました。でも、点棒を作って出してばっかりでは点棒が増えすぎて大変なことになりませんか?」
「そうだね。点棒が必要とされている量だけ出すなら問題ないけど、増えすぎたらインフレになりそうだよね」
「そうでしょう」
「そこで、政府が持っているもう一つの権限の出番となる」
「何でしたっけ」
「税金という名目で点棒を回収できる権限だ。税金として点棒を回収することで、世の中の点棒が増えすぎないようにすることが出来る」
「なるほど。出した分の点棒と同じくらい回収すれば、点棒は増えませんね」
「その通り。多く回収すれば点棒は減るし、少なく回収すれば点棒は増える」
「ふーむ……。まぁ、分かるんですけど、今の話は架空の政府の話ですよね?点棒を作って支払うような政府がある、という前提で話をしてるわけですよね」
「そう。問題は、日本の政府もそういう風になっているかどうかだ」
「そうはなってないでしょう。点棒、つまり紙幣を発行するのは日銀ですし、政府が支出する時に日銀が紙幣を作って支払っているわけではないでしょう」
「そうだね。政府は紙幣を発行できない。硬貨は政府が発行するけど、金額としては少ないから硬貨だけで支出することも出来ない」
「そうでしょう」
「でも、政府にはもう一つ発行できるものがある。それが国債だ」
「やっぱり借金じゃないですか」
「うん、国債は借金の証文なんだけどね。見方を変えれば、国債もお金と言えるんだよ」
「どういうことです?」
「たとえば額面百万円の国債を持っているということは、一万円札を100枚持っているのとあまり変わらないよね。国債は売ろうと思えばいつでも売ることが出来るわけだから*2」
「ふむ。そうですね」
「と言うことは、国債というのは、いつでも紙幣と交換できる紙幣交換券なんだよ。点棒という言葉を使うなら、点棒交換券だ」
「ははぁ……」
「額面百万点の国債は、いつでも一万点棒100本と交換できる点棒交換券なんだ。百万点札と言い換えてもいい*3」
「ふーむ。政府は百万点札というお金を発行して、一万点棒100本と両替してもらっている、と言えるわけですか」
「その通り。でも、百万点札も一万点棒も、本当は価値の無いただのゲームのコマだからね」
「分かりますけど、国債は返済しなければなりませんよ」
「そうだね。満期になれば政府は点棒交換券を点棒で買い戻さなければならない」
「やっぱり借金ですよ」
「ところが、政府はこの買い戻し、すなわち返済に困ることは無いんだ」
「なんでですか?」
「理由は二つある。一つは、政府には点棒交換券というお金を発行する権限があるからだ」
「新しく点棒交換券を発行して点棒に両替し、それで買い戻すわけですか」
「その通り。要するに借り換えなんだけどね」
「新しい点棒交換券の両替に応じてもらえなかったらどうするんです?」
「政府には日銀という事実上の子会社がある。日銀は点棒を作る権限を持っているから、日銀に点棒交換券の両替をさせればいい。これが政府が返済に困らないもう一つの理由だ*4」
「うーん……。なんかそれ、ずるい気がするんですけど……」
「別にずるくないよ。政府と日銀が一体となって、お金を作って支払い、『政府がやるべきこと』をやっているんだ。日銀も政府も、別に私利私欲のために点棒や点棒交換券を作るわけではないからね」
「そうか……」
「我々にとっては点棒は価値のあるお金に見えるけど、政府と日銀にとっては点棒も点棒交換券も価値の無いゲームのコマにすぎなくて、作ろうと思えばいくらでも作れるんだよ」
「なるほど……。つまり、政府と日銀はゲームの“運営”に当たる、ということですか」
「その通り。鋭いね。政府と日銀はゲームの運営としてお金を作って支払い、『政府がやるべきこと』をやっている」
「そうだとすると、点棒交換券を作って出していることは、点棒を作って出していることと同じであって、別に問題にはならないと?」
「そういうこと。問題があるとすれば、点棒を増やしすぎることでインフレになるかも知れないということぐらいだ」
「うーん……。でもやっぱり、借金なんだからいつかは返済しなきゃいけないのでは?」
「まず、国債の主な保有者は銀行なんだけど、銀行は本気で点棒を返して欲しいとは思っていないんだ」
「どうしてですか?」
「政府は返済に困ることが無いからね。返済に困ることが無い借り手には、ずっと借り続けてもらって、ずっと金利を支払っていて欲しいと思うのが金貸しというものだ」
「なるほど」
「そして、政府が借り換えをせずに本当に借金を返すことにはあまり意味が無いんだよ」
「どうしてですか?」
「本当に借金を返すには、支払うより多く税金で点棒を回収する必要がある。かなり増税しなければそういうことは出来ないから、国民は苦しむだろう」
「そうでしょうね」
「政府にとって価値の無い点棒を増税でたくさん回収して、政府にとって価値のない点棒交換券を買い取るということだからね。意味あると思う?」
「そう言われると、意味が無い気がしますね。国民が苦しむだけ損か……」
「そうなんだよ。だから、そういう意味の無いことをする必要は無いし、ずっと借り続けていていいんだ*5」
「なるほど……。では、点棒交換券、すなわち国債を多く発行していること自体は、問題にはならないわけですね?」
「その通り。政府の財政が破綻する、なんてことを心配する必要は無いと分かってくれたかな?」
「そうですよね。政府と日銀はゲームの運営であって、お金を作れる立場にあるんですから、当たり前のことですね」
「うん、理解してくれて嬉しいよ。では改めて問おう。意志疎通の取れない人には死んでもらった方がいいと思うかな?」
「……そういう人に対して政府がお金を支払っているとしても、それは点棒を作って渡していると言っていいわけですよね」
「そういうこと」
「だとすれば、その人が必要とするモノやサービスを生産する人がいる限り、生きていてもらって問題ないと思います」
「ありがとう。一生懸命説明した甲斐があったよ」