「今回は、一生遊んで暮らす方法を教えよう」
「えっ、知りたい!どうすればいいの?」
「まず、お金というものが無くて、物々交換をやっている村を見つける」
「えー……前提が無茶すぎるわよ。だいたい、物々交換をやってた社会なんて無かったって聞いたけど?」
「そうだね。良く考えてみれば、物々交換なんて不便すぎるから、それだけで経済が回るなんてことは無さそうだよね」
「そうだとすると、どうやってたのかな」
最初の通貨システム
「お金が無い時代、モノを買う時にはツケで買っていたと考えるのが合理的だろうね」
「ツケ?」
「Aさんが持っている肉をBさんが欲しいとするよね。でも、Bさんは代わりに渡すモノは何もない。この時、『今度魚を取った時に3匹渡すから』と約束して、肉をもらうんだよ」
「ああ、なるほど。でも、口約束だけじゃ不安かも」
「そうだね。Aさんとしては、この約束を目に見える形にしておきたい。もし、紙やペンが普通にある社会なら、Bさんに手形のようなものを書いてもらうだろうね」
「ふむふむ」
「もし、Aさんが別の人から買い物をする時に、このBさんの手形で買うことが出来たら便利だよね」
「確かに。Aさんは魚が欲しいとは限らないもんね」
「うん。Aさんにモノを売った人も、Bさんの手形をBさんに渡して魚をもらってもいいし、別の人との取引に使ってもいい」
「Bさんの手形が商品券みたいになっちゃうわけね」
「そうそう。こんな風に、人々が発行した手形がお金として流通している村があったとしよう」
「えーっと、遊んで暮らす方法の話だったよね?」
「そうだよ。この村を利用して遊んで暮らすんだ」
「うーん……」
手形通貨は理想の通貨
「この手形の通貨は、ある意味で理想の通貨なんだ」
「どうして?」
「まず、この通貨には金利がつかない。魚3匹の手形が来年になったら魚4匹になる、なんてことをする必要性は無いでしょ」
「ふーむ。必要な時に新鮮な魚を3匹もらえばいいもんね。手形で持ってる間、腐らないだけありがたいかも」
「そうでしょ。それから、手形は必要な時に必要なだけ作れるから、不足するということが無いよね」
「確かに。紙に数字を書くだけで作れるもんね」
「そして、誰にでもお金を作ることが出来るから、お金が無いせいで飢えるということも無いんだ」
「なるほど。仕事が無くても手形を書いて買い物が出来るもんね。でも、渡した手形が持ち込まれて『何か価値のあるモノを渡せ』と言われたら困らない?」
「その時は『申し訳ないが今は何も無い。何か仕事をくれませんか』と言えばいいでしょ」
「あー!確かに!自分が持ってる手形を発行した人に『仕事をくれ』って言われたら、ムゲにも出来ないもんね」
「失業対策にもなって、ちょうどいいでしょ」
「なるほどね。ところで……遊んで暮らす方法の話だったよね?」
「そうだよ。この村に入り込んで、通貨の発行権を人々から奪って独占するんだ」
「ほう……」
通貨発行権を奪おう!
「この理想の通貨にも、もちろん不便なところはあるよね」
「うーん、ヘンな人が発行した手形は受け取りたくないっていうか……」
「そうだよね。発行した人が信用できるかどうかによって、手形の価値が変わってくるよね。例えば、毎日お酒を飲んでて働こうともしない人の手形は、誰だって受け取りたくない」
「そうよねぇ」
「だから、手形を受け取る時には発行した人をチェックして、どれぐらい信用できそうかを判断しなきゃいけないんだ」
「うーん、そりゃ面倒だわ」
「小さな村ならそれでもなんとかなるけど、人口が増えて何百人になったらもう無理だよね」
「そうね」
「この点につけこもう。この村に流通する手形を全て、君が作る手形と置き換えるんだ」
「えっ。そりゃ、流通する手形が一種類になったら便利になるけど……。そんなこと出来るの?」
「これを実行するには、まず君の信用が重要になる。彼女は誰よりも信用できる、という評判を勝ち取らなきゃいけない」
「どうすればいいの?」
「真面目に働いて、約束と言えることはどんなに小さなことでも絶対に守るようにするんだ」
「えー、真面目に働くの?遊んで暮らす方法の話だったよね?」
「そうだよ。ある時期が来たら働かなくてすむようになるから、それまでは頑張ろう」
「うーん。それでどうするの?」
「手形を準備しよう。マイが発行する手形だから、マイ手形と呼ぶことにするよ」
「マイ?マイって私の名前?」
「そうだよ」
「初めて知ったわ……」
「マイ手形は、使うのに便利なように額面を定額にしておく。例えば、一万円の手形や千円の手形などを大量に印刷しておくんだ」
「ふむふむ。通貨単位は円なの?」
「通貨単位はその村で使われているものに合わせればいい」
「ふむ。それで?」
「この手形を使って、人々が持っている手形を買い取っていくんだ。マイ手形は使いやすくて便利ですよ、とか言ってね」
「売ってくれるかな」
「信用力の低い手形はその価値に応じて安く買い取るんだけど、少し色をつけて高めに買ってあげれば喜んで売ってくれると思うよ」
「なるほど。出来そうな気がしてきたわ」
「そうやってどんどん買い取っていくと、村に流通する手形はマイ手形ばかりになっていく」
「ほうほう」
「そうすると、人々は知らない人の手形よりもマイ手形を喜んで受け取るようになる。誰もが受け取る手形だから、自分も安心して受け取れるんだ」
「ふむふむ」
「こうなってくると、流通する手形の全てがマイ手形になるのも時間の問題だ」
「おー。そうするとどうなるの?」
「マイ手形こそが、この村でのお金ということになる。この村ではもともと、誰でも手形を発行してそれで買い物ができたんだけど、今ではマイ手形以外はほとんど誰にも受け取ってもらえない」
「おお」
「お金が必要な人は、自分の手形を君のところに持ってきて、マイ手形と交換してくれと言うしかないんだ」
「なるほど……」
「この時点で、君はこの村の通貨発行権を独占したことになる」
「やったわ!私の手形が欲しければ、靴をお舐めなさい!おーっほっほ!ってなるわけね」
「そうだね。念のため、政治家を使ってマイ手形以外の手形を作ることは禁止する法律を作らせよう」
「そんなこと、できる?」
「マイ手形を渡せば大丈夫だよ」
「ふむ……」
「これで、君に逆らえる人は誰もいなくなるよ。ついでに、マイ手形が君のところに持ち込まれても何も渡す必要は無い、という法律を作っておくのもいいね」
利子を取ることを正当化しよう!
「ふーむ。でも、ここまででやってることって手形の交換だけで、別に儲かってないんじゃない?」
「この時点でも、自分で作った手形で買い物できるから、遊んで暮らすことは出来るけどね。せっかくだからもっと儲けよう」
「儲けよう!」
「君のところに手形を求めてやって来た人には、将来、マイ手形で返すことを約束させるんだ。しかも、利子をつけてね」
「利子を?」
「そう。例えば、100万円分のマイ手形を渡して、5年後に120万円分のマイ手形で返してもらう」
「うーん、良く分からなくなってきた。マイ手形がたくさん返ってくると、私は嬉しいのかな」
「遊んで暮らすということの本質は、他の人に、自分のためにタダ働きさせるってことだよ。その人が利子として払った20万円分は、マイのためにタダ働きしたってことだ」
「なるほど……。でも、こんな条件で納得してくれるのかな」
「弱気だね。君がお金を作ってるんだから、誰も君には逆らえないよ」
「そっか。でもさぁ、手形と手形を交換してるだけなのに、片方にだけ利子がつくのはおかしいって思われないかな?逆らえないとしても、恨まれるのはイヤだよ」
「そうだね。手形と手形の交換というのは、債務と債務を交換してるということだから、片方の債務にだけ利子がつくのは本来おかしな話だ。こういうことをごまかすには、経済学者を使えばいいよ。経済学者にマイ手形を渡して、利子を正当化する理論を作らせればいい」
「そんなこと、やってくれるかな」
「だから、君に逆らえる人は誰もいないんだってば」
「そうかー。じゃあ、安心して遊んで暮らせるわけね」
「そういうこと」
「で、こういう手形の通貨を使ってる村って実際どこにあるの?」
「さあ……。結果として出来たこの村に似た社会のことなら知ってるけどね」