経済学を疑え!

お金とは一体何なのか?学校で教えられる経済学にウソは無いのか?真実をとことん追求するブログです。

高金利の投資話を聞いた時に考えるべきこと

あなたは遊んで暮らしたい

ある事業にお金を出資すれば年利10%、20%の配当がもらえる。

そんな話を聞いた時、あなたはどう感じるでしょうか。 

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「うさんくさい。そんなうまい話は無い」

はい、おそらくそれが正解でしょうね。

「でも、もしかしたらこの話は本当なのかも……?」

そんな風に感じたとしても無理はありません。

だれしも、楽して儲けたい、遊んで暮らしたいと思っていますよね。

そのような話に少しでも興味を持ったのであれば、あなたは「遊んで暮らしたい」と思っているのです。

まずはそれを自覚しましょう。
 

あなたは搾取しようとしている

以前の記事で書いた通り、遊んで暮らすためには他の人から搾取するしかありません。

whatsmoney.hateblo.jp

 
ある業者にお金を投資し、年利10%の配当をもらおうと思うなら、あなたはその業者から「搾取」しようとしているのです。

あなたは「貰う人」ではなく「取る人」です。

それを自覚しましょう。
 

搾取する能力があるか

次に考えるべきことは、搾取する能力があるかどうかです。

もちろん、あなたがお金を預ける業者に能力があるか無いかの話ではありません。

他ならぬ、あなた自身の能力です。

年利10%の配当を取り、元本も確実に取り戻すことがあなたにできるのかを考えてください。

「なんでそんなこと考える必要があるの?年利10%で元本も保証されるって言ってるよ?」

なぜかと言うと、あなたがやろうとしていることは「搾取」だからです。

……意味が良く分かりませんか?
 

金貸しを始めることを考える

私があなたに「闇金融をやれば儲かるよ」と勧めたらどうでしょうか。

実際、闇金なら年利10%どころか十日で1割は当たり前ですから、アホみたいに儲かるはずですよね。

違法なことをするのが嫌なのであれば、合法な範囲の高利貸しでも構いません。

それでも年利10%や20%の利益は軽く出せるはずです。

でも、あなたは金貸しをやろうとはしないでしょう。

借りた人たちがみんな黙って返済してくれるわけではないと知っているからです。

他ならぬあなた自身が、取り立てをしなければなりません。

「自分にちゃんと取り立てが出来るだろうか……」

そう心配するからこそ、金貸しを始めることをためらうんですよね。

それと同じ種類の心配を、高金利の投資話に対してもするべきなのです。
 

相手は搾取のターゲットとして適切か

搾取には鉄則があります。

それは、搾取のターゲットとして「自分より頭が悪い人」や「自分より弱い人」を選ぶということです。

自分より頭がいい人や、自分より強い人から搾取をしようとしてもうまくいきませんよね。

逆に搾取されるのがオチです。

ですから、高金利の投資話を持ってきた業者や人が、自分より頭が悪いのか、あるいは自分より弱いのかを考える必要があります。

弱いというのは、殴ったら言うことを聞きそうとか、こちらより立場が弱いとか、こちらが相手の弱みを握っていて逆らえないとか、そういうことです。

相手が自分より頭が悪い、あるいは弱いと確信できるのであれば、その話に乗ってみるのも悪くはないでしょう。

しかし、そう思えないのであれば、止めておいた方が無難です。
 

カモがネギを背負ってくるのか

そもそも、搾取のターゲットとして適切な「頭が悪い人」や「弱い人」が、わざわざあなたのところに来て「私から搾取してください」と言うなどということがあるのでしょうか。

ちょっと考えにくいですよね。

いくら頭が悪そうに見えても、弱そうに見えたとしても、警戒した方がいいでしょう。

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おそらく、搾取のターゲットになっているのはあなたの方です。

相手はあなたを見て「こいつは頭が悪そうだ、弱そうだ」と思っているということですから、怒った方がいいです。

あなたが誰かから搾取をしようと思うなら、ターゲットは自分で選びましょう。

カモがネギを背負ってくることを期待してはいけません。
 

おわりに

結局のところ、最初に書いた「そんなうまい話は無い」ということで話は終わっていました。

しかし、ただ単純に「うまい話は無い」と考えている人は、うまく誘導されると「ひょっとしたらこれは本物かも」と思ってしまうものです。

少額でためしてみて、確かに配当がもらえることを確認する。

本物かも知れないと確信を深めていき、投資金額を増やしていく。

やがて全財産を突っ込み、取り戻せなくなる。

こんなことになりがちです。

しかし、「自分は他人から搾取をしたい」ということを正しく自覚していれば、このようなことにはならないでしょう。

搾取しようと思うのであれば、他力本願でなく自分自身の力で搾取しなければならないということです。

人間は生きるのが難しい

「もし、生まれ変わりというものがあるとしたら、マイは次もまた人間として生まれたい?」

「うーん。選べるんだったら、飼い猫になりたいかな」

「ほう。人間はもうイヤ?」

「人間も悪くはないと思うけど⋯⋯。働きたくないし」

「なるほど。飼い猫なら働かなくていいもんね」

「うん。食べて寝て遊んで、それだけで生きていけるし。おまけにかわいいし」

「確かに飼い猫はいいねぇ。じゃあ、野生の動物か人間かだったらどっちを選ぶ?」

「それだったら、人間の方がいいかなぁ」

「そうなんだ」

「今度は男として生きてみたいかもね」

「男もけっこう大変だよ?」

「そう? じゃあ、ケンジは女に生まれ変わりたいの?」

「うーん、僕は人間は遠慮したいかな」

「どうして?」

「人間は、生きるのが大変だからさ」

「確かに生きるのは大変だけど、動物だって同じじゃない」

「いや、動物と人間とでは、根本的なところで生きる大変さが違うんだよ」

「どう違うの?」

「たとえば、マイが野生のタヌキとして産まれたとしよう。親に育てられる時期のことは置いといて、一人前になったら自分でエサを取るよね」

「そりゃそうね」

「その辺に生えてる木から勝手に果物なんかを取って食べるわけでしょ」

「うん」

「これは人間には出来ないことなんだよ。なぜなら、その木は誰か他の人間に所有されているからだ」

「うーん⋯⋯」

「それに、タヌキであるマイは好きな場所に穴を掘って巣を作り、そこに住むことができるよね」

「まぁ、そうね」

「これも人間には出来ないことだ。そこら辺に勝手に小屋を建てて住むことは出来ないでしょ」

「あー⋯⋯。その土地は誰かに所有されてるから、ってことね」

「その通り。人間の世界では土地が私有されてしまっているから、身の回りにある自然が育んだ食べ物を勝手に食べることが出来ないし、好きな場所に巣を作って住むことも出来ないんだよ」

「なるほど。そういう意味で、人間は生きるのが大変だってことね」

「そう。身の回りにある食べ物を勝手に食べたり好きな場所に住んだり出来るのは、動物だけじゃなくて虫だって同じことだよ」

「ふーむ、確かに。生きる大変さで言えば、人間より虫にでも産まれた方がマシってことか⋯⋯」

「そう言えるかもね。人間の場合、食べ物を手に入れるのにも、巣を確保するのにも、お金が必要になるでしょ」

「ふむ。当たり前の話ね」

「お金を手に入れるためには、基本的には労働力を売るしかない」

「うん」

「結局、何も持ってない人間が生きるためには、誰かに雇われて働くしかないってことだ」

「それも当たり前の話ね⋯⋯。でも、人間だけじゃなくて、動物だって働いて食べ物を得ていると言えるんじゃないの? 狩りとかするでしょ」

「うん。動物が食べ物を得るための活動を労働だと考えるなら、それは搾取の無い労働だということになる」

「どういうこと?」

「たとえば、あるオオカミが狩りをしてウサギを1匹捕まえたとするよね。そうすると、そのウサギは1匹まるまるそのオオカミのものになるでしょ」

「そりゃそうね」

「でも、僕が誰かに雇われてウサギを狩る仕事をしたとすると、捕まえたウサギがまるまる僕のものになることは無い」

「ふむ」

「たとえば、1匹捕まえて1000円で売れたとして、僕の取り分は500円とかね。多かれ少なかれ、雇い主による搾取がある」

「なるほど」

「それにね、オオカミはウサギを見て食べたいなと思ったから狩ったわけでしょ」

「そうでしょうね」

「ということは、ウサギを狩ることはオオカミにとって『やりたいこと』なわけだ。オオカミはウサギを狩りたいと思って狩っている」

「うん」

「ところが僕は、ウサギ狩りなんてやりたくないんだよ。お金を稼ぐために仕方なく、やりたくもない仕事をやっているんだ」

「うーむ⋯⋯」

「オオカミにも感情があるとすれば、ウサギを狩ることはオオカミにとって『楽しい』と思うんだよね。オオカミは楽しいと思いながら自分のやりたいことをやって、生きる糧を得ている」

「そうかもね」

「ところが人間は、楽しくもない、やりたくもない仕事をやりながら、しかも雇い主に搾取されて、生きるためのお金を得ているわけだ」

「あわれね⋯⋯」

「僕が人間に生まれ変わるのは遠慮したいと言ったのも分かるでしょ?」

「まぁね。でもそれだったら、やりたい、楽しいと思える仕事を選べばいいことなんじゃないの?」

「それは一理あるね。でも、やりたい仕事、楽しい仕事を選ぶと、雇い主による搾取が強くなる傾向があるんだよ」

「どういうこと?」

「典型的なのは、日本でのアニメーターの仕事だね。かなり安い給料でこき使われてるでしょ」

「ああ、ときどきネットでも話題になるわね」

「自分のやりたい、楽しいと思える仕事が、他の人にとってはそうでもない、という状況ならまだいいんだけどね」

「なかなか難しいかもねぇ⋯⋯」

土地のレンタル料=地代の正当性を疑う

地代は搾取なのか

「前回、遊んで暮らすためには搾取をするしかないって話をしたけど」

「うん」

「土地をたくさん持ってる人、つまり地主って、遊んで暮らせるよね」

「そうね。土地を貸して賃料を定期的に受け取れるもんね。土地をたくさん持ってれば遊んで暮らせるわ」

「そうだよね。地主は土地のレンタル料、つまり地代を受け取ることで遊んで暮らせるわけだ」

「うん」

「僕が前回言った『遊んで暮らすためには搾取をするしかない』ということが正しいとすれば、地代も搾取だということになるよね」

「ふむ」

「マイはどう思う? 地代を受け取るのは正当な権利だろうか、それとも不当な搾取だろうか」

「そりゃ、正当な権利でしょ」

「どうして?」

「うーん。だって、その人が土地を買った時、それなりの大金を払ってるでしょ。買ったのは先祖の人かも知れないけど」

「土地を手に入れるのにちゃんと相応の対価を支払ってるんだから、地代を受け取るのも正当な権利だと?」

「そうでしょ」

「まぁ、一理あるね。でも、土地って大昔は誰のものでもなかったはずだよね」

「そりゃまぁ、そうね」

「だったら、誰のものでもなかった土地を、一番最初に自分のものにした人がいるはずでしょ」

「うん」

「その人は、どうやってその土地を自分のものにしたんだろう」

「うーん。最初にその土地を見つけた人が、自分のものにしたとか?」

「あり得るね。でも、既にみんなで暮らしている土地があって、その土地が誰のものともされていなかった、というようなケースの方が多いはずでしょ」

「ふーむ」

「その場合、最初の所有者はどうやって土地を自分のものにしたんだろうか」

「さぁ⋯⋯」

 

 月の土地

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「ところで、月の土地を販売してる会社があるんだけど、知ってる?」

「ああ、聞いたことがあるわ」

「アメリカのルナエンバシーという会社が売ってて、日本でもネットで買えるんだよね」

「あれってどうなの? 本当に月の土地を所有したことになるの?」

「サイトにはこんな風に書いてあるよ。『(デニス・ホープ氏は)1980年にサンフランシスコの行政機関に出頭し(月の土地の)所有権の申し立てを行ったところ、正式にこの申し立ては受理されました。』」

「へー、すごい!ちゃんと認められてるんだ!」

「あのねぇ。申し立てが『受理された』だけだからね。所有権が認められたとは誰も言ってない」

「⋯⋯なーんだ」

「要するにルナエンバシーは『月の土地の所有権を手に入れたぞ!』と勝手に言ってるだけだよ」

「えー! それって詐欺なんじゃないの?」

「まぁ、買う側も本気で権利が手に入るとは思ってないだろうけどね」

「うーん、そうか。夢とかロマンを買ってるような感覚?」

「そういう人が多いだろうね。でも、本気で『詐欺だ!』と訴えてくる人もいるかもね」

「大丈夫なの?」

「ちゃんと逃げは打ってあるよ。将来月に現実に行くようになった時、ルナエンバシーの主張が世界的に認められる保証は無い、と書いてある」

「用意周到ねぇ」

「ビジネスとしては当然のことだ」

「ふーむ。ところで、なんで月の土地の話をしたの?」

「誰のものでもない土地を最初に手に入れる人は、まず『この土地はオレのものだ!』と宣言するところから始めるってことを説明したかったんだよ」

「そりゃまぁ、主張しないと何も始まらないからねぇ⋯⋯」

「でも、主張したからって土地を手に入れられるとも限らないよね」

「そうね」

 

無人島の土地 

「ここで、無人島の土地について考えてみよう」

無人島?」

「A氏、B氏、C氏の三人が海を漂流していて、ある小さな無人島に流れ着いたとする」

「ふむ」

「外部と連絡が取れなければ、三人はここで暮らしていくしかないよね」

「そうね」

「仲良く協力して暮らしていればいいんだけど、自分勝手な性格のA氏が、この島の土地は自分のものだと言い出した」

「なんでよ!」

「この島に最初に足を踏み入れたのは自分だったとか、理屈はなんでもいい。とにかく、A氏はこの島が自分のものだと宣言し、他の二人はしぶしぶ承諾した」

「納得いかないわね。どうして承諾しちゃったの?」

「二人が『分かった』と言うまで、何度も何度もしつこく繰り返し主張したのかも知れない」

「ウザっ!」

「A氏が乱暴者なら、暴力をふるって脅したのかも知れない」

「ひっど!」

「いずれにせよ、二人はA氏が島の土地を所有していることを仕方なく認めた」

「うーん⋯⋯」

「そしてA氏は、二人に地代を支払うように要求した」

「なによそれ!」

「地代として支払うのは、一日につき魚二匹だ。これをB氏、C氏の二人ともが支払う」

「どこかで聞いたような話ね。A氏は働かなくても一日に魚が四匹手に入るってわけか」

「そう。これが十分な量なら、A氏はこの島で遊んで暮らせるよね」

「そうね」

「このケースでは、地代が搾取であることがはっきり分かるでしょ?」

「たしかに」

「では次に、この土地が売買された時のことを考えよう。C氏はA氏からこの島の土地を買い取ることにした」

「ほう。いくらで?」

「魚一万匹としよう」

「そんなにたくさんは捕れないでしょ」

「うん。だから、魚を少しずつ合計一万匹渡すという手形のようなものを、C氏が発行してA氏に渡すんだ」

「なるほど」

「今度はC氏がA氏、B氏から地代を徴収することになる。C氏が地代を取るのは正当な権利だろうか」

「正当な権利でしょ。だって、ちゃんと対価を支払ってるんだから」

「ふむ。正当だとしようか。では、C氏が買った土地をもう一度A氏が買い戻したらどうだろう」

「えっ」

「A氏が持ってる魚一万匹の手形をC氏に渡せば、土地を買い戻せるよね」

「そうね⋯⋯」

「元の状態に戻っただけなんだけど、再びA氏がB氏、C氏から地代を取るのは正当な権利だと思う?」

「うーん⋯⋯」

「これはやはり、不当な搾取であることに変わりないよね。だって、土地を売って買い戻すだけで不当性が消えちゃうのはおかしいでしょ」

「たしかに⋯⋯」

「つまり、地代を取るのが不当な搾取であることは、土地が売買されても変わらないということだよ」

「うーん⋯⋯」

 

インディアンの土地

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「次に、実際の歴史に目を向けよう。題材はインディアンの土地だ」

「インディアンって、アメリカの?」

「そう。アメリカの原住民はインディアンと呼ばれているよね。実はインディアン達には、土地を私有したり売買したりする習慣が無かったんだ」

「ふーん。全部国のものだったってこと?」

「いや、国家と言えるものも無かったし、土地を所有するという概念自体が無かったんだよ」

「へー! 土地は誰のものでもなかったってこと?」

「そういうこと。土地は誰のものでもなかったし、みんなのものだったとも言える」

「なるほど」

「その、誰のものでもなかった土地を、ヨーロッパから移住してきた白人たちが次々に『自分たちのもの』にしていったわけだ」

「どうやって?」

「白人たちがやったことは、おおざっぱに言えばこういうことだ。まず、地面や地図に線を引いて『この線の中はオレの土地だ!』と勝手に宣言する」

「ふむふむ。それで?」

「『ここはオレの土地なんだから出て行け!入ってくるな!』と言う」

「横暴ねぇ。インディアンに文句を言われるんじゃないの?」

「そうだね。だから次にやることは、文句を言ってくるインディアンたちを黙らせるということだ」

「どうやって黙らせるの?」

「武力を使っておどすんだけど、まぁ、最終的には殺して黙らせるわけだ」

「ひっど⋯⋯」

「文句を言う人が居なくなれば、晴れてその土地を自分のものに出来たことになる」

「自分のものにっていうか⋯⋯強奪じゃん」

「そうだね。強奪とも言えるし、盗みとも言える」

「盗み?」

「土地はもともと誰のものでもなかった。つまり『誰でもない人=nobody』が土地を所有していたという言い方ができるよね」

「ほう」

「白人たちは『誰でもない人』が所有していた土地を勝手に盗み、自分たちのものにしたというわけだ」

「ふーむ」

「結局、アメリカの土地は全て『誰でもない人』から盗まれた盗品なんだよ」

「なるほど。でもその理屈でいくと、アメリカに限らず世界中の土地が盗品ってことにならない?」

「その通り。全ての土地はもともと『誰でもない人』のものだったわけだからね」

「ふーむ」

「そして、無人島の土地の話で分かったように、土地を私有して地代を搾取することの不当性は土地が売買されても変わらない」

「うーん⋯⋯」

「土地が売買されても、その土地が本質的に盗品であることには変わりがないということだよ」

「そうなのかなー」

 

空気が私有されたら 

「最後に、空気について考えてみよう。もし、地球上の全ての空気がある一人の人間に所有されていたとしたら、どうだろうか」

「なにそれ」

「空気は地球上の全ての人が常に吸ったり吐いたりしてるよね。その空気の使用料を、みんなが毎月その所有者に払わなきゃいけないとしたらどう思う?」

「ふざけんな」

「だよね」

「空気はみんなのものに決まってるでしょう。誰かが私有するなんておかしいわ」

「そうだよね。空気を私有するなんてことは不当なことだし、使用料を取るのは不当な搾取だよね」

「当たり前よ」

「じゃあ、一人の人じゃなくて、一万人ぐらいの人が地球上の空気を分けて所有していたらどうだろう」

「ん?」

「地主ならぬ空気主が一万人いるわけだ。マイが使う空気の持ち主が僕だったとして、僕に使用料を毎月払ってくれる?」

「ふざけんな」

「ダメかな」

「一人でも一万人でも同じよ。空気を私有なんてしちゃダメ!」

「でも、僕は大金を払って他の人から空気を買ったんだよ。きちんと対価を支払ってるんだから、相応のレンタル料を受け取るのは当然の権利じゃないかな」

「その空気を売った人をどんどんさかのぼって行けば、最初に私有した人に行き当たるでしょ。その人は不当に空気を自分のものにしたわけだから、同じことよ。空気の私有、ダメ。絶対!」

「そうだよね。お金を出して買ったのだとしても、空気を私有するなんてことは不当なことだし、使用料を取るのは不当な搾取だよね」

「当たり前よ」

「その当たり前のことが、土地の話になるとどうして当たり前じゃなくなってしまうんだろうね」

「?????」

「人間が生きていくには、空気や土地を使わないわけにはいかないよね。土地を使えなければ寝ることも出来ない」

「そうね。人間に限らず、動物だってそうだわ」

「生きる上で必要不可欠な空気や土地を私有すると、それを持っていない人から搾取できる。分かるね?」

「ふむ」

「空気については、どこからどこまでの空気が誰のものなのか、ということをハッキリさせるのが難しいよね」

「うん」

「それに、自分が所有する空気を使ったのが誰なのかを特定して使用料を請求するのも難しい」

「そうね」

「さらに、空気の使用料を払わなかった人を自分の空気から追い出して勝手に使えないようにすることも難しい」

「ふむ」

「これらのことは、土地の場合なら出来るんだよ」

「うーむ⋯⋯。たしかに⋯⋯」

「つまり、土地は搾取をするためのネタとして選ばれたけど、空気は搾取のネタとして不都合だから選ばれなかっただけなんじゃないかと思うんだよね」

「なるほど⋯⋯。土地は搾取のためのネタで、地代を取ることは不当な搾取だってわけね⋯⋯」

「そういうこと」

「うーむ⋯⋯」

遊んで暮らしたい人が学ぶべき搾取の原理

遊んで暮らす=搾取して暮らす

「マイは、遊んで暮らせるようになりたい?」

「もちろんよ。誰だってそうでしょ」

「そうかもねぇ。どうすれば遊んで暮らせると思う?」

「お金がたくさんあればいいでしょ」

「そうだね。どれぐらいのお金があればいいだろうか」

「うーん。最低でも、2億円ぐらい?」

「ふむ、じゃあ2億円としようか。マイが社会に出てから30歳になるまでほとんど寝ずに一生懸命働いて、2億円貯まったとしよう」

「ずいぶん稼いだわね」

「で、この2億円で後は遊んで暮らせるわけだけど、そういうのがお望み?」

「まさか! 私は働かないで暮らしたいの!」

「そうだよね。必要な2億円を自分で稼ぐんなら、50年かけて稼ぐのも10年ちょいで稼ぐのもあまり変わらないよね」

「そうよ」

「自分で稼ぐのでは意味が無い。だとすると、どうすればいい?」

「うーん……。他の人に、稼いでもらう……?」

「その通り。本当の意味で遊んで暮らそうと思ったら、他の人から搾取するしかないんだ」

「サクシュってなに?」

「しぼり取ることだね。ここでは、他者の労働の成果を自分の物にしてしまうことを搾取と言うことにしよう」

「他者の労働の成果を……? えーと……」

「たとえば、マイが1日アルバイトして1万円稼いだとしよう。そのうちの3000円を僕が取り上げてしまう。これが搾取だ」

「えーっ!ずるい!」

「そうだね。搾取ってのはずるいことなんだよ。でも、遊んで暮らそうと思ったら、他者から搾取するしかない」

「私が働いて稼いだお金なのに……! あなた、本当に最低ね!」

「あの、たとえばの話だからね?」

 

 搾取の3つの方法

「でも、どうやって取るの? 3000円よこせって言われても私は渡さないわよ?」

「そうだね。搾取の方法には、大きく分けて3つある」

「ほう」

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「一つ目は、盗み取るという方法。僕がマイの財布からこっそり取っちゃうってことだね」

「えっ、ひどい」

「二つ目は、だまし取るという方法。僕がマイに『B'zのライブチケットを3000円で売ってあげるよ』と言って、偽造したチケットを売りつけるとかね」

「えっ、ひどい」

「三つ目は、おどし取るという方法。僕がマイに『3000円くれないと、例の写真をネットに流すよ』と言って取るとかね」

「何よ例の写真って。そんな写真無いでしょ?」

「たとえばの話だよ」

「……ちょっと、やることがひどすぎない???」

「まぁ、ひどいね。搾取っていうのは基本的にひどいことだよ」

「そういう違法行為をしないと、遊んで暮らすことって出来ないわけ?」

「いやいや、ちょっと待って。搾取が倫理的に悪いことなのは間違いないんだけど、必ず違法行為になるとは限らないよ」

「えっ、どういうこと?」

「合法的に搾取することも可能だってこと」

「ウソだー!」

「それに、たとえ違法だったとしても、捕まらないのであれば問題ないよね」

「……すごいこと言うわね」

「まぁ、一つずつ説明していこう。オススメな方と、オススメじゃない方、どっちから聞きたい?」

「うーん、オススメな方で」

 

 おどし取る(脅迫)

「まず、おどし取るという方法。要するに脅迫だね」

「脅迫がオススメなわけ? なんで?」

「脅迫ならなんでもいいというわけじゃないけどね」

「ほう」

「脅迫には大きく分けて二つの方法がある」

「と言うと?」

「一つは、相手にとって大切なものを脅かす(おびやかす)方法だ」

「たとえば?」

「ナイフを突きつけて、相手の命を脅かすとか」

「おお」

「子供を誘拐して命を脅かすとかね」

「犯罪じゃん」

「そうだね。違法にならない範囲で言うと、たとえば“雇用”を脅かすとかね」

「どういうこと?」

「クビになりたくなければサービス残業しろと言われたら、従うしかないでしょ?」

「いや、それも違法なんじゃ……」

「脅迫のもう一つの方法はね、」

「(あれ、無視された)」

「もう一つは、何か必要なものが不足している状況を利用して、足下を見る方法だ」

「たとえば?」

「砂漠を何日も歩いていて水が無くなってしまった人がいたとしたら、この人に一杯の水を百万円で売るとかね」

「あー、それはたしかに違法ではないのかもね。でも、そんな人を見つけるのが大変でしょ」

「水の不足を利用して脅迫するなら、もっといい手があるよ」

「ほう」

「どこかの国や地域で水道事業を民営化させて乗っ取り、水道代をガツンと上げればいい」

「……鬼かよ」

「まぁ、搾取ってのはこういうことだよ」

「うーん……。他には?」

「他には、依存を利用する手もあるね」

「依存?」

「たとえば覚醒剤のような薬物だね。覚醒剤の中毒患者を作ってしまえば、その人は常に覚醒剤が不足して欲しがることになるでしょ」

「なるほど。後はいくらでも高く売れるわけね……」

「そういうこと。まぁ、覚醒剤は違法だけどね」

「ふーむ。アルコールでも同じこと?」

「基本的にはね。ただ、アルコールは覚醒剤ほどには依存性が強くないし、搾取できる利幅もそれほど大きくないけどね」

「ギャンブル中毒も?」

「そうだね。パチンコなんかの中毒になった人から搾取してると言えるだろうね」

「ふーむ」

 

 だまし取る(詐欺)

「次に、だまし取るという方法。要するに詐欺だね」

「ふむ。これはオススメなの?」

「脅迫ほどではないけど、ある程度オススメできる」

「ふーん。なんで?」

「詐欺は、たとえそれが犯罪だったとしても、相手がだまされたと気付くまでの間は何の問題も起きないからだよ」

「そりゃまぁ、だまされたと気付かなきゃ、警察に通報もできないわよね」

「うん。極端な話、相手が死ぬまで気付かなければ、捕まることもないわけだ」

「そんなことあり得る?」

「たとえば宗教の中には、信者の信仰心を利用して、財産をだまし取っていると言えるようなものもあるだろう」

「うーん、そうかもねぇ」

「そういう場合、他の人から見ればだまされていることが明らかでも、本人はだまされていると思ってないことは良くあるよね」

「たしかに……」

「死ぬまで搾取される人もいるでしょ」

「なるほど! ……宗教か……。悪くないかも、ね。。」

「マイ、悪い顔になってるよw」

「えっ? そ、そんなことないでしょ」

「まぁ、だまし取る方法で搾取をするなら、宗教はかなりオススメだよ。税金もあまり払わなくていいしね」

「ふーむ。他には何かある?」

「詐欺にはいろいろあるけどね。保険金詐欺、結婚詐欺、投資詐欺、取り込み詐欺オレオレ詐欺などなど……」

「どれがオススメ?」

「だいたい犯罪になってしまってリスクが高いので、オススメはできない」

「犯罪にならない範囲でだまし取ることってできないの?」

「そういう軽い詐欺なら、世の中にいっぱいあると思うよ」

「たとえば?」

「そうだなぁ。たとえば、ファッションの流行に敏感な人なんかは、ファッション業界に軽くだまし取られていると言えるよね」

「あー。本来買わなくていい服を買うわけだもんね。でも、それは本人が良ければいいんじゃない?」

「そうとも言えるね。でも、だまされていることに死ぬまで気づかない人だ、とも言えるよね」

「うーん……」

 

 盗み取る(窃盗)

「最後に、盗み取るという方法。要するに窃盗なんだけど、これはあまりオススメできない」

「なんで?」

「盗むことは明確に違法行為だからね」

「そりゃそうよね」

「それに、盗まれたことに気付けば普通は警察に通報するでしょ」

「ある程度大きな金額なら、泣き寝入りはしないわね」

「そうでしょ。リスクが大きいので、オススメはできない」

「ふむ」

「だから、どうしても盗むという方法をとるのであれば、盗まれたことに気付かないような不注意な人から盗むのがよい」

「なるほど……」

「もしくは、盗まれても警察に言えないような人から盗むとかね」

「というと?」

「犯罪がらみのお金なら、警察に言うわけにはいかないだろう」

「なるほど」

「ただこの場合、警察には追われないとしても、盗まれた人や組織には追われるかも知れないので注意が必要だ」

「まぁねぇ」

「どうせ追われるなら、警察に追われる方がまだマシだ、と言える面もある」

「なんで?」

「捕まったとしても、法にのっとった手続きをしてくれるからさ。ヤクザに追われて捕まったら、何をされるか分からないでしょ」

「……こわっ」

「結論、盗まれても気付かないような不注意な人から盗むチャンスがあるのでない限り、盗み取るという方法はオススメできない」

「分かったわ」

 

 不足を利用した脅迫のオススメポイント

「搾取の方法を3つ説明してきたわけだけど」

「うん」

「一番のオススメはやはり脅迫、それも不足を利用した脅迫だ」

「どうしてそれが一番なの?」

「理由はいくつかある。一つは、さっきも言ったけど、合法的に搾取できる場合が多いということ」

「ふむ。それは分かったわ」

「次に、不足を利用した脅迫は防ぐことが難しい」

「どういうこと?」

「盗み取られることは注意していれば防げるし、だまし取られることも人を疑って慎重に行動していれば防げるでしょ」

「それはそうね」

「でも、何かが不足した状況になっちゃってる場合、脅迫にあらがうことは難しいよね」

「たしかに……。水を飲むのをいつまでも我慢できないもんね」

「そうだね。次に、不足を利用した脅迫には、継続性がある」

「継続性?」

「いちど搾取の仕組みを作ってしまえば、ずっと継続して搾取できるってこと」

「ふーむ。いっぺん覚醒剤の中毒にしちゃえば、その人にはずっと買ってもらえるもんね」

「そういうこと。結婚詐欺なんかでも何度かお金を取ることは出来るけど、ずっとではないよね。そのつど理由を作ってだまさなきゃいけない」

「なるほど」

「最後にもう一つ。不足を利用した脅迫は、多人数から一度に搾取できる」

「あー。水道事業を乗っ取って値上げする手口とか、そうだよね」

「そうそう」

「んー。でも、宗教もそうじゃない? 多人数から一度に搾取してるじゃない」

「うん、多くの信者を獲得した後はそうだね。でも、信者の獲得自体は一人一人地道にやるしかないでしょ」

「あー……」

「この地域に住んでいる皆さんは、今日からナントカ教の信者です。ということにはならないよね」*1

「そうね……」

「不足を利用した脅迫は、搾取の対象を広げやすいんだよ」

「ふーむ」

「搾取する側からすれば、百人や千人から搾取するよりも一万人、十万人から搾取したいよね」

「そりゃそうね」

「一つの地域から搾取できたら一国まるごと搾取したいし、一国を搾取できたら二カ国、三カ国から搾取したいでしょ」

「うーん。話が大きすぎて良く分からないけど、そうかもねぇ」

「こういう風にどんどん広げていけるのが、不足を利用した搾取のいいところだ。他の方法ではこうはいかない」

「ははぁ」

 

 搾取する者は均一な世界を望む

「たとえば、ある企業がA国という国の国民全員から搾取する仕組みを作ることに成功したとするよね」

「ふむ」

「この企業が搾取の対象を広げようとして、次にターゲットにする国を選ぶとしたら、A国に似たB国だろうか? それともA国とは全く似ていないC国だろうか?」

「似てるって何が? 地形とか?」

「そうじゃなくて。いろいろあるけど、たとえば政治体制とか、法体系、商習慣、社会制度、金融ルール、経済政策、国民性、言語、宗教、通貨、発展の程度、生活水準……」

「ストップ! 要するに、一言で言うと何?」

「……。経済の仕組み、かな……」

「最初からそう言えばいいでしょ」

「ごめん」

「経済の仕組みがA国と似てるB国か、似てないC国か、ね。そりゃ似てるB国の方がいいんじゃない?」

「正解。どうしてそうだと思う?」

「だって、A国と似たB国なら、A国でやったことと同じことをするだけで、同じ結果が得られそうじゃない」

「うん、つまり成功する可能性が高いってことだね」

「そう。似てないC国に対しては、違うことをしなきゃ成功しないかもしれないでしょ」

「その通り! 冴えてるね」

「当然だわ」

「つまり、搾取をどんどん広げようという人や企業から見ると、世界中の国が同じような経済の仕組みで動いてる方が都合がいいんだよ。搾取の対象を世界中に広げるのが簡単だからね」

「ふむふむ」

「逆に、世界の国々が多様であればあるほど、面倒くさいんだ」

「そうか、一つ一つの国に合わせて対応を変えなきゃいけなくなるからね」

「そういうこと。搾取を広げようとする人や企業は、世界が均一であることを望むということだ」

「ふーむ。なるほど……」

「グローバリゼーションの本質が少し分かったかな?」

「えっ? そんな話してた?」

「してたよ」

「うーむ……」

 

 私たちはお金に依存している

「ここで一つ、ある重要なことを言わなければならない」

「なによ、急に」

「私たちは皆、お金に依存しているということだ」

「えっ?」

「人は誰しも、お金無しで生きていくことはできないよね」

「当たり前じゃない」

麻薬中毒の人が、麻薬無しで生きていくことができないのと同じようにね」

「うーん。私たちがお金の中毒になってるって言うの? そんなことないでしょ。お金とは賢く付き合ってるわ」

「そうだろうか。一文無しになってしまったら誰だって、どうにかしてお金を手に入れようとするんじゃない?」

「そりゃそうでしょ」

「かなり金利が高くてもお金を借りようとするだろうし、条件の悪い雇用でも受け入れるしかないよね」

「そうね」

「麻薬が切れたジャンキーが、麻薬を手に入れるためならどんな条件でも飲むようにね」

「……いちいち麻薬にたとえるの止めてくれる?」

「気に障った?」

「ちょっとね。……分かったわ。確かに、私たちはお金に依存してると言えるかもね」

「うん。そして、私たちの多くは常にお金の“不足”にあえいでいる」

「……」

「お金が足りない、もっと働かなきゃ。お金が足りない、財産を処分しなきゃ。お金が足りない、高収入バイトしなきゃ……。苦しんでる人は多いよね」

「……3つ目、風俗?」

「そこはスルーして。とにかく、私たちはお金に依存していて、多くの人はお金の不足に苦しんでいる。何が言いたいか分かる?」

「うーむ……。つまり、お金の不足を利用して、脅迫による搾取をしてる人がいる……ってこと?」

「その通り。お金というものには搾取の道具としての一面があるんだ」

「……」

「お金をたくさん持っている人、あるいはお金を作れる人は、お金が不足している人から搾取できるんだよ」

「うーむ……」

「最終的な結論。遊んで暮らすための戦略としては、搾取によってお金を貯め、そのお金を使ってさらに搾取をするのが最善だということだ」

「普通に働いてお金を貯めるんじゃダメなの?」

「もちろんそれでもいいよ。効率があまり良くないってだけの話だよ」

「うーむ……」

*1:武力を背景に改宗を強制する場合もありますが。

通説の信用創造論を再考する

はじめに

今回は、一般的に信じられている信用創造の説明を再検討してみようと思います。

現金の預け入れと現金での貸し付けを繰り返すとお金が増えていく、とするアレですね。

Wikipediaの「信用創造」の項では以下のように説明されています。

預金準備率が10%の時、銀行が融資を行う過程で以下の通り信用創造が行われる。

A銀行はW社から預金1,000円を預かる(そのうち900円を貸し出すことができる)。

A銀行がX社に900円を貸出、X社が900円をB銀行に預金する(そのうち810円を貸し出すことができる)。

B銀行がY社に810円を貸出、Y社が810円をC銀行に預金する(そのうち729円を貸し出すことができる)。

C銀行は729円をZ社に貸し出す。

 
つまり、最初は1000円しか無かったお金が、預け入れと貸し付けを3回繰り返した時点では1000円+900円+810円+729円=3439円に増えているという具合ですね。

このような信用創造の説明を「又貸しモデル」と呼ぶことにしましょう。*1

この「又貸しモデル」はこれまで多くの人に間違いであると指摘されているにもかかわらず、今もなお「通説」とされています。

今回の記事では、「又貸しモデル」をグリーンマネーモデルを使って改めて検討し、間違っているとすればどこに間違いがあるのかを考えてみることにします。

グリーンマネーモデルについては以下の記事を参照してください。

 

whatsmoney.hateblo.jp

 

グリーンマネーモデルで考える

グリーンマネーモデルにおいては、預金通貨はグリーンマネー、現金通貨はブラウンマネーとグリーンマネーが重なったもの、銀行の手持ち現金はブラウンマネーです。

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家計や企業が持っている現金(現金通貨)を銀行に預け入れる時は、このようになります。

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銀行に渡しているのはブラウンマネーだけであり、グリーンマネーは家計や企業の手元に預金通貨として残ります。

 

銀行が家計や企業に貸し付けをする時はこのようになります。

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現金で貸し付けるにしろ、預金通貨で貸し付けるにしろ、銀行はグリーンマネーを作って借り手に渡しています。

銀行による貸し付けとは、借り手が作る借用証書という負債(銀行にとっての資産)と、銀行が作るグリーンマネーという負債(借り手にとっての資産)との交換なのです。

(このあたりの説明の意味が良く分からない方は、「緑のお金と茶色のお金(1) MSとMBを正しく捉えるためのモデル」を参照してください)

 

ここまでを踏まえた上で、通説の又貸しモデルをグリーンマネーモデルで図にしてみると、このようになります。

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銀行が貸し付け(貸し出し)をするたびに、グリーンマネーが増えていることが分かると思います。

グリーンマネーの総額がマネーストックですから、銀行が貸し付けをするたびにマネーストックが増えるということです。

 

銀行はグリーンマネーを作って借り手に渡し、借り手の企業は借用証書を作って銀行に渡していますね。

全体として見ても、銀行が合計3439円分のグリーンマネーを作り、借り手の企業が合計3439円分の借用証書を作り、これらを交換しているだけのことです。

 

通説の説明では銀行がお金を作っているとは言いませんので、1000円しか無いお金を預かったり貸し付けたりを繰り返すと何か不思議な数字のマジックで?お金が増えていくことになっています。

しかし、何も不思議なことはありません。

銀行がお金(グリーンマネー)を作って借り手に渡しているだけのことです。*2

 

又貸しモデルは仲間うちで実行できるか?

もし、又貸しモデルが正しいのだとすれば、仲間うちで同じことをしてお金を増やせないでしょうか?

つまり、現金の預け入れと貸し付けを繰り返すことによりお金が増えるのだとすれば、友達同士でお金を預けたり貸し付けたりしてお金を増やせるのではないでしょうか?

少し考えてみてください。

仲間うちでお金を預けたり貸したりして、お金を増やせると思いますか?

......。

そんなことでお金を増やせるわけがない?

そうですよね。

友達同士でお金を預けたり貸し付けたりを繰り返しても、お金を増やせるわけがありません。

では、なぜ銀行にはそれが出来て、私たちには出来ないのでしょうか。

 

実を言うと、銀行がやっていることと同じことは、私たちにも出来るのです。

同じことが出来るのですが、お金は増やせないのです。

どういうことなのでしょうか?

 

例えば、Aさんが1万円の現金を持っているとしましょう。

これを、Bさんに預けます。

Bさんは、1万円の預金証書を作ってAさんに渡します。

預金証書には、「この預金証書を発行者(B)に渡した人に対して、引き換えに1万円の現金を渡す」と書いておき、Bさんがサインします。

Bさんは、手元にある1万円から1000円を手元に残し、9000円を現金でCさんに貸し付けます。

Cさんは、9000円の借用証書を作ってBさんに渡します。

借用証書には、「1年後に9000円を返済します」と書いておき、Cさんがサインします。

Cさんは、受け取った9000円をDさんに預けます。

Dさんは、9000円の預金証書を作ってCさんに渡します。

......このように預け入れと貸し付けを繰り返すと、現金の量は合計1万円で変わりませんが、預金証書と借用証書がどんどん増えていきます。

この預金証書が、現金と同じようにお金として使えれば、お金が増えたことになるでしょう。

しかし実際には、この預金証書はお金として通用しませんよね。*3

銀行が発行した預金証書(預金通貨)は誰に対してもお金として通用しますから、この点が違うわけです。

 

つまり、「銀行はお金を作れるが私たちはお金を作れない」と言うよりも、「銀行も私たちも預金証書を作れる。しかし、銀行が作った預金証書はお金として通用するが、私たちが作った預金証書はお金として通用しない」と言うべきです。

 

問いを立てるとすれば、「なぜ銀行だけがお金を作れて、私たちには作れないのか?」ではなく、「なぜ銀行が作った預金証書(預金通貨)だけがお金として通用し、私たちが作った預金証書はお金として通用しないのか?」と問うべきなのです。*4

預金証書や借用証書のような「債務」は、誰にでも作ることが出来るのですから。

 

又貸しモデルは、「借用証書と預金証書をどんどん増やしていく」という「誰にでも出来ること」を説明しているだけだ、と言えるわけです。

 

又貸しモデルの問題点

又貸しモデルは間違っているのでしょうか。

完全に間違っている、とまでは言い切れないでしょう。

なぜなら、前節でも書いたとおり、又貸しモデルは「借用証書と預金証書をどんどん増やしていく」という「誰にでも出来ること」を説明しているだけだからです。

それでもやはり、又貸しモデルには問題が多いと言わざるを得ません。

問題点をいくつか挙げていきましょう。

 

1. 実務を反映していない

又貸しモデルでは貸し付けを現金で行っていることになっていますが、実際には貸し付けは預金設定、つまり銀行の帳簿と通帳に数字を書き入れることにより行われます。

この数字の預金が全額引き出されれば現金で貸し付けたのと同じことになりますが、実際には現金で全額引き出されることはなく、借り手から支払い先への送金は預金の振り込みによって行われます。

これはたとえで言うなら、預金証書のままで決済に使われるということです。

又貸しモデルは、貸し付けた預金は必ず全額が引き出され、取引の決済は必ず現金で行われる一方で、預け入れた預金は全く引き出されない前提になっている*5という、おかしなモデルなのです。

 

2.返済される時のことを説明していない

又貸しモデルでは、貸し付けでマネーストックが増える過程を説明していますが、返済によりマネーストックが減る過程のことは説明していません。

貸し付けが現金で行われるのですから、返済も現金で行われることになるのでしょう。

そうだとすると、Z社が返済するまではY社は返済することが出来ず、Y社が返済するまではX社は返済が出来ないという変なことになってしまいます。

実際にはそんなことは有り得ません。

返済は預金通貨で行われますから、Z社が返済したかどうかにかかわらず、X社もY社も返済することができます。

 

3.本源的預金など無い

又貸しモデルでは、最初に現金を預け入れて形成された預金のことを「本源的預金」と呼びます。

W社がA銀行の口座に持っている1000円の預金が「本源的預金」です。*6

一方で、X社、Y社が持っている預金、つまり又貸しによって作られたとする預金のことは「派生的預金」と呼びます。

しかし、このように「本源的預金」と「派生的預金」とを区別することに意味はありません。

W社が最初に持っていたグリーンマネーも、元をたどればどこかの銀行が貸し付けによって作ったものであるはずだからです。

「本源的預金」などというものは無く、全てのグリーンマネーは銀行*7が作ったものです。

 

又貸しモデルについてのより詳細な批判に興味のある方は、望月夜氏のブログ記事をどうぞ。

ameblo.jp

ameblo.jp

 

又貸しモデルの良い?ところ

又貸しモデルには問題点が多いことが分かりました。

しかし、それでも又貸しモデルが今なお通説とされているのですから、何か良いところがあるはずです。

又貸しモデルの良いところを探してみましょう。

 

1.美しい

無限等比数列の和の公式を使って、最初の預金が最終的に準備率の逆数倍(準備率が10%ならちょうど10倍!)になるところがなんとも美しいですね。

まるで自然科学をやっているかのような印象を与えることが出来ます。

 

2.常識的である

銀行の手元にある現金を貸しているだけに見えるので、帳簿の数字を変えるだけで貸し付けをするというような、一見非常識な話をする必要がなくなります。

 

3.銀行がお金を作っていることを無意識化できる

実際にマネーストックが増えていくにもかかわらず、銀行がお金を作っている事実を人々に意識させないことが可能になります。

誰かがお金を作らない限り、お金が増えることは無いのですが......。

又貸しモデルの説明を受けた人の一部は、現金を預け入れた時にお金が増えるのだと勝手に誤解してくれるかも知れません。*8

 

4.銀行が単なるパイプ役に見える

銀行がお金を作っているようには見えないため、銀行はお金が余っているところから調達してきてお金が足りないところに融通する単なる「パイプ役」であるかのような印象を与えることが出来ます。

実際には銀行はお金を作って貸し付ける「お金の供給源」なのですが。

 

5.一部を準備として残すことが信用創造の原動力であるように見える

預かった現金の一定割合を準備として残し、残りを貸し付けていくと等比数列の和によってお金が増えていく。

この又貸しモデルの美しさに目を奪われた人は、一定割合を準備として「残すから」お金を増やすことが可能になるのだと勘違いしてくれる場合があります。

準備率が10%だとすれば、10%を「残すから」信用創造が出来るのだという具合です。

実際にはそうではなく、90%を「流用するから」お金を増やすことが可能になるのです。

本来、顧客から「預かった」資産は自社の資産とは「分別して管理」する必要がありますが、銀行は預かったお金を分別管理せずに自行の資産と混同し、貸し付けているわけです。

「部分準備制度」ではなく「大部分流用制度」と呼ぶのであれば、それが信用創造の原動力だと言って間違いないでしょう。

 

いかがでしょうか。

又貸しモデルというものが、銀行がお金を作っていることを見えなくするための本当に素晴らしい説明モデルであることが分かって頂けたのではないですか?

 


*1:フィリップス型の信用創造論、フィリップス説などと言われることもあります

*2:グリーンマネーモデル自体が、銀行がお金を作っているということを前提にしているのだから、そういう結論になるのは当然だという批判があるかも知れません。しかし、その批判は的を射ていません。グリーンマネーモデルの出発点は日銀によるマネーストック(とマネタリーベース)の定義だからです。ここから出発すると、銀行がグリーンマネーを作っていると解釈するしかありません。

*3:仲間うちでは通用するかも知れませんが、外で通用しなければ意味がありません。

*4:この問いに対する答えはこの記事では書きません。事実として、銀行が作る預金通貨はお金として通用するということだけ指摘しておきます。

*5:W社がA銀行から少しでも現金を引き出せばA銀行は準備不足に陥ります。

*6:あるいは預け入れられた1000円の現金を指して本源的預金と言っているもかも知れません。「預金」という言葉が銀行の債務を指すのか資産(預かった現金)を指すのか不明確であることも問題です。

*7:ここで言う銀行には日銀も含みます。

*8:グリーンマネーで考えれば分かるように、預け入れではお金は増えず、貸し付ける時にお金が増えるのです。

アーリーリタイアした八さんと奴隷になった熊さん

「今回は、前回のたとえ話の続きを考えてみよう」

「たとえ話って、熊さん八さんの?」

「そうそう。おさらいをしてみると……

  • 熊さん、八さんの二人だけが無人島で暮らしている
  • 熊さんと八さんはお金を10カイずつ持っている
  • 熊さんは一日に4匹の魚を捕り、うち2匹を2カイで八さんに売る
  • 八さんは一日に4つの果物を採り、うち2つを2カイで熊さんに売る
  • ある日から、八さんは魚を買う量を一日1匹に節約して貯金を始めた

こんな感じだったね」

「ふむ。一日ごとに、八さんは1カイずつお金を増やして、熊さんは1カイずつお金を減らすのよね」

「うん。そして、10日後に熊さんのお金が無くなったところで、八さんは熊さんに10カイを貸してあげることにした」

「10日で1割の金利だったわね」

「そうだね。この条件で熊さんが10カイを借り、同じことを繰り返すとどうなるだろうか」

「うーん。同じことを繰り返すなら、また10日経ったら熊さんのお金が無くなるわよね」

「うん。だから、熊さんはまた八さんから10カイ借りることになる」

「ふむ」

「それに、最初の借金の金利を1カイ払わないといけない」

「そうね。じゃあ、10カイ借りてすぐ9カイになっちゃうってこと?」

「熊さんの手持ちが10カイになるように貸すことにしよう。つまりこの時点では、11カイを貸し付けて金利を1カイ受け取る」

「ふむふむ。さらに10日経ったら?」

「やはり10日後には熊さんのお金が無くなる。この時の債務総額は21カイだから、支払う金利は2.1カイ。八さんは熊さんに12.1カイを貸し付けて金利を2.1カイ受け取る」

「うーん。借金がどんどん増えちゃうわね」

「そうだね。これをずっと続けていると、最初に八さんが節約を初めてから170日目には、借金の総額が400カイを越える」

「ひえー! 実物のお金は20カイしか無いのに?」

「返済はされずに、繰り返し貸してるからねぇ。仮に金利が無くても、400日目には総額400カイになるよね」

「そうかぁ」

「400日が170日に縮まったのは、金利の分も元本に組み込まれたからだね。借金の総額が加速度的に増えたわけだ」

「ふーむ。この後はどうするの?また同じことの繰り返し?」

「いや、八さんはこれ以降、熊さんに追加でお金を貸すのを止める」

「そうなの? そしたら熊さんは金利を払えなくなると思うけど」

「180日目に熊さんが払わなきゃいけない金利は40カイになるよね。でも、熊さんの手元にはお金は無い」

「うん」

「八さんは熊さんにこう言うんだ。『40カイの金利は一日4カイずつ、10日間に分けて払ってくれればいいよ』とね」

「そんなこと言っても、八さんは1カイも持ってないんでしょ?」

「うん。さらにこう言うんだよ。『魚2匹と果物2個を持って来てくれれば4カイで買うから、それで金利を払ってくれればいいよ』と」

「ええ? 果物を取るのは八さんの仕事だったんじゃないの?」

「八さんはもう働かないよ。金利だけで生活できるようになったからね」

「あー! そういうこと? じゃあ、熊さんは魚4匹を捕った上に、果物4個も取らなきゃいけないわけ?」

「うん。熊さんは毎日魚を捕って、さらに苦手な木登りをして果物も取らなきゃいけなくなる」

「はー。大変ねぇ」

「八さんは、何もしなくても食べ物が手に入る生活を手に入れた。しかもこの生活は一生続く」

「一生? そうなの?」

「だって、熊さんは400カイの元本を返せてないからね。一日4カイの金利を、魚と果物でずっと払い続けるしかない」

「熊さんは一生、自分の食べ物だけじゃなくて、八さんの分も取るために働き続けるわけか……」

「そういうこと。さて、八さんは一生働かずに生きていけるようになったんだけど、180日間の節約と貯金はそれほどまでに素晴らしいことだったんだろうか」

「うーん……」

「八さんがやったのはこういうことだ

  1. 毎日魚を食べる量を2匹から1匹に減らす
  2. 1によって熊さんの所得を減らす
  3. 2によって熊さんのお金が無くなる状況を作り出す
  4. 熊さんがどうしても必要とするお金を、金利をつけて貸す
  5. 上記を繰り返す

一生働かずに済むことを正当化できるほど、八さんの180日間は尊いものだったのだろうか?」

「うーむ……。たしかに、何かおかしいような……」

「何かがおかしいのだとしたら、何がおかしいんだと思う?」

「んー……、金利が高すぎるとか?」

「確かにそれはあるね。でも、金利が低かったとしても時間をかければ同じ状態になるわけだから、金利の高さは本質的な問題じゃないよね*1

「だとすると、やっぱり金利を取ること自体がおかしいのかな……」

「そうかも知れないね。だからこそ、聖書は金利を禁じたのかも知れない」

「ふむ」

「でも仮に、お金が一方に貯まってもう一方で不足した場合には金利付きで貸し出されることが避けられないとしたら、どうだろう」

「どうって?」

「お金が一方に貯まること自体を避ける方法は無いだろうか」

「うーん……。熊さんも、八さんと同じように節約すれば良かったんじゃない?」

「そうだね。熊さんも果物を食べる量を2個から1個に減らすという節約をすれば、トントンになってお金がどちらかに貯まることは無くなる」

「八さんも熊さんも、節約してるのに、貯金はできないのかー……」

「その通り。全員が節約して貯金しようとすると、全員の所得が下がって、結局だれも貯金ができないんだよね」

「はー」

「節約をして貯金ができるのは、節約をしない人が居るからなんだよ」

「なるほど」

「さて、八さんも熊さんも節約してしまうと、単純に経済が縮んだだけになってしまう。誰も得しないよね」

「そうね」

「この事態を避けるにはどうしたらいいだろうか」

「うーん。こんなことになるぐらいなら、物々交換してた方が良かったんじゃないの?」

「その通り。お金なんか無くしてしまって、熊さんの魚2匹と八さんの果物2個を交換していれば、節約しても貯金なんてできない」

「そうね」

「我々の社会でも、お金を無くしてみんなで物々交換をしていれば、誰も貯金することはできない。そうすれば、金利付きの貸し付けも起きないんじゃないかな」

「お金を無くすなんてムリでしょ」

「そうだよね。じゃあ、お金は無くさないまま、貯金をしたいと思わないように出来ないだろうか」

「そんなことできる?」

「物々交換の場合、貯金ができないのはなぜだろう」

「そりゃ、魚を貯めたって腐っちゃうからでしょ」

「そうだね。だとすると、お金も使わずにとっておくと腐るようになっていれば、貯金したいと思わないんじゃないかな」

「ええっ? お金は腐らないからいいんじゃない!」

「うん。みんなそう思ってるし、教科書にも書いてあるよね。お金の役割の一つとして、『価値の貯蔵手段』なんて書いてある」

「そうでしょ」

「でも、今回の話をじっくり考えてみると、お金をとっておいても価値が減らないのはお金の『利点』というよりむしろ『欠点』なんじゃないかと思えてこないかな?」

「うーむ……」

「少なくとも、『時間が経ってもお金の価値が減らないことは正しいことなのか?』というような“問い”を立てることはできるよね」

「ふーむ」

「そして、『お金の価値は時間とともに減っていくべきだ』と主張している人は、世の中に結構いるんだよ*2

「そうなのかー」

*1:たとえば10日間の金利を1%とすれば、1620日目には熊さんの債務総額が4000カイを越え、八さんは1630日目から金利で生活できます

*2:興味がある方は「減価する貨幣」で検索してみてください。

金利の正当性を疑う

「今回は、お金を貸して金利を取ることの正当性について考えよう」

「ふーん。なんで? お金を借りたら、利子をつけて返すのが当たり前じゃない」

「うーん、そうだよねぇ。でも、イスラム教なんかでは利子を取ることは禁止されてるよね」

「たしかに、そんな話を聞いたことがあるけど」

旧約聖書に書いてあるんだよね。利子を取っちゃダメだって」*1

「ふーん」

「なぜ聖書は、利子を禁じたんだろう」

「さぁ?」

「たとえば、ある学校で『学校内で出前を取ってはいけない』という校則があったとしたら、どう思う?」*2

「学校で出前ってw 常識で考えればダメだって分かりそうなもんだけど、実際にとった人がいたんでしょうねw」

「そうだろうね。出前をとった生徒が実際にいて、問題になって、それを禁じる校則ができた、と考えるのが自然だよね」

「そうね」

「利子についても、共同体の中でお金を貸して利子をとる人達が実際にいて、それによって何か問題が起こって、共同体のルールとして利子を禁じることにした、と考えるのが自然じゃないかな」

「まぁ、そうかもねぇ。そうだったとしたら、どんな問題が起きたのかな」

「うーん。利子が膨れ上がって働いても返せなくなった借り手が、臓器を売り飛ばされたとか、生命保険に加入させられて殺されたとか」

「いやいや、聖書が書かれた時代に臓器移植はしてないでしょ。生命保険も無かったと思うわ」

「じゃあ、借金を返せなくなった人が奴隷として売られたとか」

「それはあったかもね」

「若い女性だったら、性奴隷だね」

「……サイテー!」

「まぁ、こういった問題が起こって、利子が問題視されたのかも知れないよね」

「うーん、でも全部推測じゃない。そんなことがあったかどうか分からないわ」

「そう? 現代でも、ホストにハマった女の人が借金を返せなくなって、風俗の仕事を始めるなんて良くある話じゃない?」

「そんなの、自業自得だわ」

「じゃあ、学生時代に借りた奨学金を働きながら返済してて、金利の負担が重くて仕方なく風俗の仕事を始めたとか。これもありそうな話だよね」

「……。風俗、好きなの?」

「たとえばの話だよ!」

「ふむ。結局、何が言いたいかと言うと?」

「つまり、聖書を書いた人達は『お金を貸して利子を取る人がいると共同体の中で問題が起きる、共同体全体にとって好ましくない』ということを見抜いていて、だから利子を禁じたんじゃないかってことだよ」

「ふーむ……」

イスラム教徒は今でも『利子には問題がある』と考えていて、だから今も変わらず利子を禁じているんだろうね」*3

「……ん? じゃあキリスト教の人たちは? 旧約聖書キリスト教聖典でもあるよね」

「うん、キリスト教でも当初は利子を禁じていたんだけどね。多くの神学者たちが色々な理屈をこねて、どうにかこうにか正当化してきたんだ」

「へー、そうなんだ」

キリスト教徒の中に、利子を取って貸したいという人がたくさんいて、お金を借りたい人もたくさんいたから、教会側が折れたってことだろうね」

「ふーん。信者の要望に応えて、聖書の言葉をムリヤリ曲げたってことになるのか……」

イスラム教徒から見たらそうかもねぇ」

「でも、需要と供給があってのことなんだから、それはそれでいいことなんじゃないの?」

「そこなんだけどね。貸す側が『利子を取りたい』と思ってるのは間違いないんだけど、借りる側は『利子を払いたい』とは思ってないよね」

「そうかも知れないけど、仕方ないじゃない。利子を払わないと貸してもらえないんだから」

「そうだね。でも、どうしてもお金を必要としている人に対して『貸してほしければ利子を払え』と言うのは、一種の脅迫なんじゃないだろうか」

「ええっ?」

「誘拐された子供をどうしても取り戻したい人に対して『返してほしければ身代金を払え』と言うのとあまり変わらないんじゃない?」

「いやいやいや、全然違うでしょ。誘拐犯は子供という交渉材料を得るために誘拐という罪を犯してるけど、貸し手が持ってるお金という交渉材料は、罪を犯して集めたものじゃないだろうし」

「そうだねぇ。ではどうやって集めたんだと思う?」

「商売で儲けたか、節約をして貯めたんでしょ」

「うん。じゃあ、節約をしてお金を貯めることは“善”だろうか」

「はぁ? あったり前でしょ! 節約が悪なわけないじゃない」

「そうだろうか。ちょっとたとえ話で考えてみよう」    

「どんな?」

「二人の人間だけしかいない経済を考える。無人島で熊さんと八さんの二人が生活しているとしよう」

「ふむ」

「熊さんは魚を捕るのが得意で、一日に4匹の魚を捕まえる。八さんは木登りが得意で、高い木になっている果物を一日に4個取れるとする」

「ほうほう」

「2匹の魚と2個の果物を交換して、二人とも一日に魚2匹と果物2個を食べて生活しているわけだ」

「ふむふむ。交換するだけなら、お金は要らないわね」

「そうなんだけどね。今は節約してお金を貯めることについて考えたいから、二人はお金を使っているとしよう」

「ほう」

「二人は貝殻で作ったお金を10枚ずつ持っているものとする。このお金はこれ以上増やさない約束だよ」

「ふむ。お金の単位は?」

「カイとしようか。貝殻1枚が1カイだ。魚1匹も1カイだし、果物1個も1カイだよ」

「じゃあ、熊さんは魚2匹を2カイで八さんに売って、八さんは果物2個を2カイで熊さんに売るわけね」

「その通り。これを毎日続けていても、それぞれの持っているお金は10カイで変わらないよね」

「そりゃそうね」

「ここで、八さんは節約を始めることにした。熊さんから魚を買うのは1匹だけにして、節約した1カイを貯金するわけだ」

「えーと、果物を熊さんに売って稼いだ2カイのうち、1カイだけ使って魚を買って、残りの1カイを貯めるわけね」

「そういうこと。そうすると、熊さんが捕った魚4匹のうち1匹が売れ残り、腐ってしまう。熊さんは仕方なく、魚を捕る量を3匹に減らすことにした」

「ふーむ」

「これを毎日続けていくと、八さんは毎日1カイずつお金を増やし、熊さんは毎日1カイずつお金を減らすことになる」

「そうね。10日後には、熊さんのお金は無くなっちゃうわね」

「熊さんのお金が無くなったところで、八さんが『10カイ貸してほしければ10日ごとに1割の金利を支払え』と言ったらどうだろうか。これは脅迫ではないのか? 八さんの節約は“善い”ことなのか?」

「むむむ……」

「八さんの節約と貯金は、熊さんの生産物を腐らせ、熊さんの所得を下げることによって成り立ってるんだよね。僕にはこれが“善”だとはとても思えないんだよ」

「うーむ……」

「社会の中を流通するお金を、血液にたとえることが良くあるよね。血液は全身をとどこおりなく流れるのが良いのであって、どこかの臓器が貯め込んじゃダメだよね」

「そりゃそうね」

「ある臓器が血液を貯め込んで周囲を困らせたあげく、『血を流してほしければ貢ぎ物をよこせ』と言ったら、それは“悪”だよね」

「そうね……」

「どうだろう。お金を貸して金利を取ることに本当に正当性があるのかどうか、きちんと考えてみるべきだと思わない?」

「たしかに、そんな気になってきたわ……」

 

 

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*1:より正確には、同胞や貧者から利子を取るなと書いてあります。ユダヤ人がキリスト教徒にお金を貸して利子を取っていたのは、同胞ではないからという理屈です。

*2:実際にこういう校則がある学校があるようです。

*3:イスラムの世界にはイスラム金融というものがあり、利子を取るのではない形でお金を必要な人や企業に融通しています。