百年後のミルクを現代に持ってこれるのか
「今回は、百年後のミルクを現代に持ってくることは出来るのかという話をしよう」
「は?意味わかんないんだけど」
「今から百年後、西暦2118年の世界にVさんという人がいるとする」
「うん」
「このVさんの手元にあるミルクをひったくって、現代に生きているAさんに渡すことが出来るだろうか」
「は?そんなこと出来るわけないじゃない。タイムマシンも無いのに」
「まぁ、普通はそう思うよね」
「当たり前でしょ」
「ところが、このようなことを実現させる方法をブログに書いている経済学者がいるんだ」
「本当に?その人、頭おかしいんじゃない?」
「まぁ、聞いてよ。その方法というのはこんな具合だ」
「ふむ」
「まず現代で、Bさんという人にミルクを借りてAさんに渡す。Bさんには5年後にミルクを返す約束だよ*1」
「ふーん。どれくらいの量を?」
「量はいくらでもいいんだけどね。1リットルの紙パック1本としようか」
「ふむ」
「そして5年後、つまり2023年になったら、別のCさんという人からミルクを借りてBさんに返す。Cさんにも5年後に返す約束だ」
「ほうほう」
「このように、誰かにミルクを借りて返すということを5年ごとに繰り返していく」
「2028年にはDさんに借りてCさんに返し、2033年にはEさんに借りてDさんに返すってわけね」
「その通り。そして百年後の2118年には、VさんからミルクをひったくってUさんに返すわけだ」
「ん?なんでVさんからはミルクを借りないでひったくるの?」
「もともとやりたかったことが、『百年後のVさんからミルクをひったくって現代のAさんに渡す』ってことだからね」
「ああ、そういうことか」
「どう思う?百年後のミルクを現代に持ってこれるのかな」
「たしかに、その方法の通りに実行すれば、持ってこれるような気がするわね……」
「うん。でも、常識的に考えたら?」
「百年後のミルクを現代に持ってくるなんて、出来るわけがない……」
「そうだよね。この話の何がおかしいんだろうか?」
「うーん……よく分かんないなぁ」
「じゃあ、ミルクの消費量のことを考えてみたらどうかな」
「消費量?」
「仮に、世界中でのミルクの消費量が、2018年の一年間でちょうど1億リットルきっかりになるとする。これはもともとの消費量だよ」
「もともとって?」
「Bさんにミルクを借りてAさんに渡す、ということをしない場合の消費量ってこと」
「ああ」
「もし、Bさんにミルクを借りてAさんに渡すということをした場合、消費量は1億リットルから1億とんで1リットルに増えるだろうか」
「それは……増えないでしょ」
「正解。どうしてそう思う?」
「だって、1リットルのミルクは移動しただけじゃない」
「うん」
「Aさんに渡した1リットルのミルクは、Bさんが消費しようとしてたんでしょ?Bさんが消費する代わりにAさんが消費したってだけでしょ」
「その通り。ミルクを消費する人がBさんからAさんに変わったってだけのことで、全体の消費量は全く増えない」
「そうよねぇ」
「ミルクを貸し借りしても、マクロ、つまり全体で見た場合には意味が無いってことだ」
「なるほど」
「2018年に生産されるミルクは2018年に消費される。これが2018年の経済だ」
「ふむ」
「それと同様に…」
「5年後の2023年に生産されるミルクは2023年に消費される。これが2023年の経済だ。ってわけね」
「その通り。2023年の経済から2018年の経済にミルクを移動することは出来ないんだよ」
「ふーむ。言われてみれば当たり前の話よねぇ」
「百年後のミルクどころか、5年後のミルクも現代には持ってこれないってことが分かったかな?」
「分かったわ。っていうか当たり前すぎる結論よね。なんでこんな風に考えなきゃいけなかったんだろ」
「百年後のミルクを現代に持ってくる方法というお話が、タネのあるマジックやイリュージョンのたぐいだったってことだよ*2」
「ふーむ……」