「マイは子供の頃、将来何になりたいと思ってた?」
「うーん。小学生の頃は、看護婦さんになりたかったわね」
「へぇ。どうして?」
「病気で入院してた時、きれいな看護婦さんに優しくしてもらって、あんな人になりたいなって思ったのよ」
「そうなんだ。お嫁さんになりたいとは思わなかった?」
「友達にはそういう子がいたわね。私には理解できなかったけど」
「なんで?」
「だって、お嫁さんなんて別になろうと思わなくても、時期が来たら誰かと結婚して自動的になるもんだと思ってたから」
「ははは。時代や地域によってはその通りかも知れないね」
「実際は、彼氏も出来ないけどねー」
「そのお友達は今どうしてるの?」
「けっこういい会社のサラリーマンをつかまえて、専業主婦になってるらしいわ」
「へぇ、それはすごいね。羨ましいなぁ」
「羨ましい?どうして?」
「専業主婦っていうのは、今の社会の中ではかなり恵まれた身分だからね」
「そうかしら。毎日働かなきゃいけないし、子育てなんて大変よ?」
「確かに大変なこともあるだろうけどね。僕が言いたいのはそういう話じゃないんだ」
「じゃあ何の話?」
「主婦の労働はね、生産性が向上すればするほど楽になるんだよ」
「どういうこと?」
「たとえば、炊飯器の登場によって、ご飯を炊くという仕事は楽になったでしょ」
「そりゃそうね」
「また、全自動洗濯機の登場で、洗濯という仕事も楽になった」
「当たり前のことじゃない。機械で仕事が楽になるのは、別に主婦に限った話じゃないでしょう」
「ところがそうじゃない。たとえば工場に新しい機械が導入されて、工員が働く時間が半分で済むようになったとしよう」
「ふむ」
「そうすると、今まで8時間働いていたところを4時間だけ働いて、あとは遊んでていいかと言うとそうじゃないよね」
「うーん」
「空いた4時間には別の仕事をさせられるか、他に仕事が無ければ工員の半分がクビになるよね」
「あー。結局8時間働かなきゃいけないわけか……」
「専業主婦の場合は、クビになることはないでしょ」
「そうね。不倫とかしたら別だけど」
「それはまた別の話だね」
「うーん、サラリーマンと専業主婦、何が違うのかしら」
「この違いが生じるのは、主婦と夫との関係が賃金による雇用関係ではないからなんだ」
「ふーん?」
「もし夫が専業主婦を賃金で雇っているとしたらどうなるか、考えてみよう」
「うーん……」
「炊飯器や洗濯機などの機械で主婦の労働時間が半分に減ったら、その分だけ別の仕事をさせるか、賃金を半分に下げるでしょ」
「そうかもね」
「労働時間が半分になって賃金を半分にするということは、実質的には半分クビにしたということだからね」
「ふむ……」
「もし、完璧なメイドロボットが作られて主婦の労働時間が0になったら、専業主婦はクビになるよね。子供を作る必要がなければだけど」
「なるほど……。実際の専業主婦は、賃金で雇われているわけじゃないから、クビになったりしないわけね。だから、機械が家事をやってくれればくれるほど楽ができるってことか」
「そういうこと。夫と専業主婦との関係は、賃金による雇用関係ではない。言い換えると、婚姻関係は資本主義社会に特有の関係ではなく別の形の関係なんだよ」
「ふーむ。結婚の制度は資本主義社会になる前からあるんだから、当然なのかもねー」
「そうだね。専業主婦は、資本主義社会に生きていながら、その社会が要求する賃金労働関係から逃れることが出来ているわけだ」
「ふーむ」
「この社会で生きている人の多くは賃金をもらって働いているわけだけど、その労働時間は機械やロボット、AIなどが発達しても減らないんだよね」
「でも、専業主婦なら労働時間が減っていくわけね」
「そうそう。専業主婦は、夫に使われて搾取される労働者にならなくて済んでいる。それどころか、外でお金を稼いでいるはずの夫を支配する立場に立っている専業主婦もいるようだしね」
「あー……。おこづかい制になってたりすると、そうかもねぇ」
「そういう現実を子供の素直な目で見抜いているからこそ、お嫁さんを将来の夢にする子がいるんだろうね」
「それは考えすぎじゃない?(笑)」
「そうかな」