経済学を疑え!

お金とは一体何なのか?学校で教えられる経済学にウソは無いのか?真実をとことん追求するブログです。

BSの右側(貸方)は絶対に調達なのか

はじめに

バランスシート(BS)を見ると、右側は調達、左側は運用だと言う人が居ますよね。

資本金や借金でお金を調達して、そのお金をBSの左側にある資産に変えて運用しているという具合です。

簿記の教科書などにもそう書いてありますし、間違いではありません。

しかし、どんな経済主体のBSについても必ず同じことが言えるのでしょうか?

結論から言えば、そうではないのです。

BSの右側が全て調達だと言えるのは、その経済主体がお金の利用者(ユーザー)である場合です。

お金の発行者(イシュアー)のBSの場合は、その右側は必ずしも調達ではありません。

 

お金の発行者と利用者

お金というものは、誰かが発行しています。

皆さんの財布に入っている日本銀行券(日銀券)。

これは誰が発行しているのかと言えば、もちろん日本銀行(日銀)です。

「日銀は日銀券の発行者である」と言えば、反論する人は居ないでしょう。

それに対し、私たちは日銀券というお金の利用者(ユーザー)です。

これについても誰も反論しないですよね。

お金というものには、発行者と利用者が居るのです。*1

お金の発行者はお金を作ることが出来ます。

自分でお金を作れるのですから、外部(誰か別の人や組織)からお金を調達する必要はありません。

それに対し、お金の利用者はお金を作ることが出来ません。

利用者がお金を得ようと思ったら、何かしらの方法で調達する必要があります。*2

 

お金の利用者のBS

お金の発行者と利用者のBSがどのような形になり、それがどのような意味を持つのかを考えてみましょう。

いきなり日銀のBSで考えるのは少し難しいので、もっと単純なケースを考えます。

以前の記事と同様に、まだお金というものが無い小さな村を想定しましょう。

この村に、中央銀行と民間銀行を兼ねた銀行、つまり紙幣の発行もするし村民への貸し出しもするような銀行が村長によって作られます。

この銀行が最初にA氏に100万円貸し出したとしたら、A氏のBSは以下のようになります。

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借金によって現金100万円を調達し、その現金をそのまま資産として保有しているということです。

このBSの解釈をもう少し深く掘り下げてみましょう。

調達したものは何か?というと、100万円の現金という「お金」です。

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お金の利用者である私たちはお金を作り出すことが出来ませんから、何らかの方法でお金を調達しなければなりません。

BSの右側は「どうやって調達したか」すなわち調達方法であり、BSの左側は調達したもの=お金です。

A氏は借用証書という形で自分自身の債務を発行し、それを銀行に渡すことでお金を調達したのです。

 

お金の発行者のBS

銀行がA氏に100万円貸した時の銀行のBSは以下のような形になります。

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100万円分の紙幣を発行してA氏に渡し、A氏の債務証書を手に入れたということです。

このBSを先ほどと同じ考え方で見ると、以下のようになります。

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左側は調達したもの、A氏の債務証書という資産です。

右側は調達方法、自己債務の発行です。

お金の発行者のBSと利用者のBSの違いが見えてきましたね。

右側が調達方法で、左側が調達したものであることは同じです。

違うのは、どこに「お金」があるか。

A氏のBSでは、「お金」は左側の「調達したもの」です。

銀行のBSでは、「お金」は右側の調達方法にあり、「自己債務」それ自体が(利用者にとっての)「お金」になります。

発行者のBSと利用者のBSは基本的には同じ構造なのですが、「お金」に着目して見ると全く異なる形をしているのです。

 

一般的なBS解釈は「お金」に着目している

一般的には、BSの右側は調達源泉(調達方法)であり左側は運用形態だと言われます。

しかしここでは「お金」という言葉が省略されています。

BSの右側は「お金」をどうやって調達したかであり、左側にはその調達した「お金」をどうやって運用しているかです。

つまり、一般的なBS解釈はお金に着目した解釈なのです。

なぜお金に着目するのでしょう。

もちろん、私たちはお金を作り出すことが出来ないからです。

作り出せないからこそ、どうやってお金を調達したのかを把握し、今後どうやって調達するのかを常に考える必要があるわけです。

お金の発行者にとっては事情が異なります。

発行者はお金を発行して供給することができ、それと引き換えに債権などの資産を調達することが出来るからです。

お金の発行者のBSでは、右側は「お金の供給」だと言っていいでしょう。*3

 

発行は調達なのか?

このように説明すると、以下のような反論があるでしょう。

「銀行は紙幣を発行したことによってお金を調達したと言えるのではないか」

よろしい、では現金ではなく預金通貨で貸した場合について考えてみましょう。

この場合、A氏と銀行のBSは以下のようになります。

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ゼロから預金がいきなり生じていることに違和感を感じるでしょうか?

しかしこの銀行はお金の発行者なので、無から現金を生じさせることが出来るのと同じように、無から預金を生じさせることも可能なのです。

また、A氏から見てこの預金100万円はいつでも現金100万円と交換してもらえるお金ですから、現金で100万円を借りたのと変わりません。

さて、この2つのBSの意味を考えましょう。

A氏のBSについては明白です。

借金で100万円の預金通貨を調達し、それをそのまま資産として保有しているということです。

では銀行のBSはどうか。

 

預金通貨で貸した場合の銀行BSの意味

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右側の預金100万円はA氏に対する負債です。

これはA氏からお金を調達したということでしょうか。

A氏から調達したお金を貸付金として運用しているのでしょうか。

もしそうだとしたら、訳が分からなくなりますよね。

A氏は銀行からお金を調達していて、銀行はA氏からお金を調達していることになるのですから。

そのお金が元々どこにあったのか、全く意味不明です。

そうではなく、この銀行BSの右側は以下のような意味なのです。

  • 自行が発行した預金通貨の発行残高が100万円である
  • 預金通貨100万円を発行して利用者に供給している

 

預金通貨が別の人の手元に移動したら

このBSの状態から、A氏がB氏とC氏を雇ってなんらかの労働をさせ、賃金として50万円ずつ預金の振込みで支払ったとしましょう。

そうすると、銀行のBSは以下のようになります。

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このBSの右側は以下のような意味です。

  • 自行が発行した預金通貨の発行残高が計100万円である
  • 自行が発行して供給した預金通貨100万円が、B氏、C氏の手元に50万円ずつある

B氏、C氏の二人から合わせて100万円のお金を預金で調達して、A氏への貸付金として運用していると見るのは間違いです。

銀行はB氏、C氏から何も調達していません。

この預金通貨は銀行が作り出して供給したものであり、今はB氏とC氏の手元にあるというだけのことです。

 

結論

BSの右側が調達というのはお金の利用者のBSについてのみ言えるのであって、お金の発行者のBSの場合はBSの右側は必ずしも調達ではありません。

銀行BSの右側にある預金や、日銀BSの右側にある発行銀行券と日銀当座預金は、そのお金の発行者が作り出して供給したお金の総額を表現しているのです。

(もしも細かく預金の名義まで書いてあるなら、発行したお金が誰の手元にどれだけあるかを表現しています)

銀行のBSを見て「右側の預金で調達している」と言っている人がもし居たら、それは一般的な(お金の利用者の)BS解釈をお金の発行者のBSに当てはめているのであり、ナントカの一つ覚えだと言って良いでしょう。

 

こちらもどうぞ。

whatsmoney.hateblo.jp

*1:「お金」と少し抽象的に書いていますが、それがベースマネーを指すのであれマネーストックを指すのであれ、発行者と利用者が居ます。ベースマネーの発行者は日銀であり、マネーストックの発行者は日銀を含む銀行システム全体です。個々の銀行もマネーストックの発行者と言って問題ありません。

*2:ざっくり言えば、借りるか稼ぐかです。

*3:もちろん、利用者にとってお金となる自己債務の部分についての話です。日銀のBSで言えば発行銀行券と当座預金、民銀のBSで言えば預金です。