はじめに
前前前回の記事では、以下のような趣旨の文章を書きました。
- 日銀にとって当座預金は調達ではない
- 日銀は日銀券というお金を発行できるのと全く同様に、当座預金というお金を発行することができる
- 当座預金は銀行の手元にあって銀行が自由に使えるお金である
- 当座預金口座への出し入れは、紙のお金と数字のお金の交換にすぎない
これらはベースマネー(マネタリーベースを構成するお金)について言及した文章なのですが、実はマネーストックを構成するお金についても、全く同じロジックで同様のことが言えます。
ただし、これを説明するためには少し準備が必要です。
というのは、ベースマネーを作っているのが日銀であるのに対して、マネーストックを作っているのは日銀を含めた銀行システム全体だからです。
全ての銀行と日銀を連結して一つの経済主体と考えたものを「銀行システム」と呼ぶことにすると、以下のことが言えます。
- 銀行システムにとって預金は調達ではない
- 銀行システムは現金通貨というお金を発行できるのと全く同様に、預金通貨というお金を発行することができる
- 預金通貨は公衆*1の手元にあって公衆が自由に使えるお金である
- 預金口座への現金の出し入れは、紙のお金と数字のお金の交換にすぎない
全ての銀行を連結した「銀行システム」
国内の全ての銀行と日銀を連結して「銀行システム」という一つの経済主体と見ることを考えてみましょう。
つまり、全ての銀行が合併して「銀行システム株式会社」という一つの会社となり、日銀はその中の「中央銀行事業部」、みずほ銀行は「みずほ事業部」となるなど、事業部制になっていると想定するのです。
このように銀行システムを大きな一つの会社だと考えた時、そのバランスシート(BS)はどのような形になるでしょうか。
これは日銀が公表している「マネタリーサーベイ」という統計に答えがあります。
マネタリーサーベイ統計の「総括表」が銀行システムのBSにあたるものなのです。
それはこのような形をしています。
黄色く色をつけた部分は、マネーストック(M3)になります。*2
つまり銀行システムのBSは大ざっぱに言うと、負債側にはマネーストックすなわち現金通貨と預金通貨*3があり、資産側には国債などの貸付債権があることになります。
このBSを齊藤誠的に解釈すれば、「現金通貨や預金通貨で調達したお金を国債などの貸付債権で運用している」ということになるでしょう。
しかし、この解釈もやはり誤解なのです。
ここからは、前前前回と全く同じロジックを使って、なぜ誤解なのかを説明していきます。
全く同じロジックですので、前前前回の記事を読んで理解された方はすいすいと読み進めることが出来るでしょう。
逆に、まだ読んでいない方や理解されていない方は、前前前回の記事に戻って(再度)読んで頂ければと思います。
預金証書のアナロジー(たとえ話)
仮に、Aさんという人が預金口座に現金通貨を預け入れた時に、同額の預金証書が発行されてAさんに渡されるものと考えてみましょう。
たとえば、100万円の現金通貨を預け入れたら、代わりに100万円分の預金証書をAさんが受け取ります。
これは、額面が100万円の預金証書が1枚と考えてもいいですし、額面1万円の預金証書が100枚と考えても構いませんが、とにかく総額で100万円分です。
この預金証書はAさんにとってお金であり、現金通貨と同様に決済に使えます。
例えば、AさんがBさんに100万円を支払う必要がある時、Aさんは100万円分の預金証書をBさんに渡すことで決済できます。
これは実際には、Aさんが銀行システムに持っている口座の預金残高を100万円分減らし、Bさんの口座の残高を100万円分増やすことに相当します。
(この時、事業部間で日銀当座預金というベースマネーが移動しますが、銀行システム全体としてはベースマネーは動いていないのと同じことです)
このような預金証書のアナロジーを使うことによって、預金通貨というものが、Aさんの手元にあってAさんが自由に使えるお金であることがはっきりします。
当たり前ですが、預金通貨という「お金」はAさんが持っているのであって銀行システムが持っているのではありません。
しかし、預金通貨は銀行システムの帳簿上の数字にすぎないので、誰が持っているのかが分からなくなってしまう人もいるようです。
繰り返しになりますが、預金通貨という「お金」はAさんの手元にあり、Aさんが好きな時に自由に使うことができます。
銀行システムに預け入れて銀行システムに拘束されているわけではないのです。
預金口座からの引き出し
Aさんは、預金証書を銀行システムに持って行って現金通貨と交換してもらうことができます。
これは預金口座からの引き出しに相当します。
銀行システムは預金証書を受け取ると、現金を金庫から持ってきてAさんに渡します。
銀行システムの金庫にある現金は紙切れ扱い*4ですから、この時に紙切れから現金通貨に変わるのです。
この時点で、現金通貨が発行されたことになります。
銀行システムのBS上では、負債の現金通貨の金額がその分だけ増加します。
一方で、この時に銀行システムが受け取った預金証書は、ただの紙切れに変わります。
この預金証書は捨ててしまって構いません。
実際には、預金通貨の数字を減らすことで、お金を消滅させます。
結局、銀行システムのBSでは現金通貨が増加して預金通貨が減少するので、トータルするとお金の量は変わりません。
預金の引き出しによってマネーストックは増減しないということです。
そして、預金の引き出しは銀行システムにとって「預金証書というお金」を「現金通貨というお金」に交換するだけのことなのです。
どちらのお金も、銀行システムが発行したお金です。
預金口座への預け入れ
預金口座への預け入れは、引き出しのちょうど逆になります。
Aさんは、現金通貨を銀行システムに持って行って預金証書と交換してもらうことができます。
これは預金口座への預け入れに相当します。
銀行システムは現金通貨を受け取ると、預金証書を発行してAさんに渡します。
この時、預金証書というお金が生まれたということです。
実際には、預金通貨の残高をその分だけ増やすことになります。
一方で、受け取った現金は金庫に入れられます。
この時、この現金はマネーストックを構成する「現金通貨」というお金ではなくなります。
マネーストックというお金にのみ着目して言うなら、この現金は紙切れ扱いになったということです。
実際には、銀行システムのBS上で負債の現金通貨の金額がその分だけ減少します。
結局、銀行システムのBSでは預金通貨が増加して現金通貨が減少するので、トータルするとお金の量は変わりません。
預金口座への預け入れによってマネーストックは増減しないということです。
そして、預金口座への預け入れは銀行システムにとって「現金通貨というお金」を「預金証書というお金」に交換するだけのことなのです。
どちらのお金も、銀行システムが発行したお金です。
銀行システムは預金証書の発行で資産を買える
銀行システムが誰かの借用証書などの資産を買う時には、現金通貨というお金を発行して買うことができます。
そして全く同様に、預金証書というお金を発行して買うこともできるのです。
つまり、Aさんがサインした借用証書を買う場合には、Aさんの預金口座の残高を単純に増やすことで買うことができるわけです。
(これはAさんへの貸し付けに相当します)
数字を増やすだけで資産を買えると言われると変だと思うかも知れません。
しかしAさんにとっては、銀行システムが発行する預金証書(預金口座の数字)はいつでも現金通貨と交換できる「現金通貨交換券」であり、そのままでも現金通貨と全く同じように使えるお金なのですから、何の問題も無いのです。
そして実際に銀行システムが資産を買う時にどうしているかというと、預金口座の残高を増やすことで買っているのです。
(現金通貨で買う場合は、現金通貨を用意して直接Aさんに渡すことになりますが、通常このようなことは行われません)
再度、預金口座への預け入れとは何か
預金口座への現金通貨の預け入れとは何かをもう一度説明しておきます。
Aさんが現金通貨を預金口座に預け入れた時、Aさんはお金を一時的に手放したのではありません。
預金通貨というお金が依然としてAさんの手元にあり、Aさんはこれをいつでも自由に使えるのです。
銀行システムがAさんから現金通貨の預け入れを受けた時、銀行システムは何か意味のある経済的資源を手に入れたのではありません。
銀行システムにとっては、現金通貨も預金通貨(預金証書)も紙切れに過ぎないのです。
Aさんが「紙のお金(現金通貨)よりも数字のお金(預金通貨)の方がいいから交換して」と言ってきたから、交換してあげただけのことです。
「現金が手に入ったからこれで借用証書を買えるぞ!」ということではありません。
銀行システムが借用証書を買いたければ、単に預金通貨(預金証書)を発行して買うのです。
結論
以上より、「はじめに」に書いたように以下のことが言えます。
- 銀行システムにとって預金(預金通貨)は調達ではない
- 銀行システムは現金通貨というお金を発行できるのと全く同様に、預金通貨というお金を発行することができる
- 預金通貨は公衆の手元にあって公衆が自由に使えるお金である
- 預金口座への現金の出し入れは、紙のお金と数字のお金の交換にすぎない
ただし、銀行システムを分解して中央銀行と個々の銀行に分けて考えた時にも同様のことが言えるかどうかは少し注意して検討しなければなりません。
これは課題として残しておきましょう。
以下のような方針で検討すれば良いかと思います。