預かったお金でギャンブルをしよう
「ねぇ、100万円持ってる?」
「唐突ね。持ってたらなんだってのよ」
「僕に預けてよ」
「イヤよ」
「増やしてあげるからさぁ」
「どうやって増やすのよ」
「カジノに行って、バカラで全額賭けるんだ」
「はぁ?」
「当たれば2倍の200万円になるから、利子として10%の10万円をプラスして、110万円にして返すよ」
「はぁ……いちおう聞くけど、外れたらどうなるの?」
「パァになるね」
「ふざけないで」
「お気に召さない?」
「当たり前でしょ」
「じゃあ、こういうのはどうかな。君から預かった100万円を競馬の複勝で一点勝負する」
「複勝?」
「賭けた馬が3着以内に入れば当たりっていう馬券だよ。強い馬に賭ければ高い確率で当たるんだ」
「はぁ」
「90%の確率で3着に入りそうな馬が、1.2倍のオッズになってるのを見つけたんだ。この馬に賭けよう」
「当たったら1.2倍の120万円になるってことね。で?」
「利子として2%の2万円をプラスして、102万円にして返すよ」
「……外れたら?」
「パァになるね」
「ふざけないでよ。だいたい、当たる確率が90%っていう数字の根拠はなんなのよ」
「僕の見立てだね」
「まっっったく、あてにならないわね」
「そう?」
「だいたい、当たった時にもらえるのが2万円って少なすぎでしょ」
「じゃあ3万円にする?」
「そういう問題じゃないわよ。そもそも、あなたには何のリスクも無いじゃない。それなのに当たったら8万円もらえるってズルくない?」
「うーん、これもダメか。じゃあ、こういうのはどうかな。君から預かった100万円を、ある優良企業に貸すんだ」
「ふーん。それで?」
「年利2%で貸して、5年後に110万円になって返ってくる。君には102万円にして返そう」
「うーん……そんなに悪くない気がするけど。それは100%確実なの?」
「僕の見立てでは、99.5%確実だよ」
「残りの0.5%は?」
「パァになるね」
「はぁ……。確率的には良くなったかも知れないけど、さっきの競馬とあんまり変わらない気がするわ」
「そう?」
「だって、あなたはリスク無しで8万円儲かるじゃない」
「気付いちゃったかー」
「誰でも気付くわよ」
「実はこれは、銀行がやってることと同じなんだよ」
「は?」
「銀行は、顧客からの預かり金を分別して管理せずに自行の資産とごっちゃにして、それを勝つ確率の高いギャンブルにつぎ込んで儲けるんだ」
「ああ、そういうこと。確かに、預かったお金でギャンブルをやってると言えなくもないわね」
「そうでしょ?」
「でも、銀行に預けたお金は元本保証でしょう。パァになったりしないわ」
「元本保証ねぇ。元本保証という言葉も詐欺のにおいがする言葉だけどね」
「詐欺のにおい?どうしてよ」
「資金をリスクにさらしている以上は、元本保証、つまり100%減らないなどということは有り得ないからさ」
「うーん」
「投資信託や先物取引で、元本保証をうたって勧誘することは禁止されているんだよ」
「なんで?」
「有り得ないことだからさ。元本保証だと言われたら詐欺だと思った方がいい」
「そうなんだ……。でも、銀行の場合は本当に元本保証でしょ?」
「そうなんだけどね。有り得ないはずの元本保証がなぜ出来るのかが問題だ」
「ふむ」
「銀行で失敗したギャンブルのことを何と言うか知ってるかな?」
「さぁ……」
「不良債権と言うんだ」
「ああ、それは聞いたことある!不良債権って失敗したギャンブルのことだったの!」
「そう。バブル崩壊で銀行は大量の不良債権、すなわちギャンブル失敗案件を抱えたよね」
「うん」
「結局どうしたかっていうと、税金を投入して銀行を救済したでしょ」
「そうだったわね」
「銀行は預かったお金でギャンブルをして儲けて、仮にギャンブルが失敗しても税金で助けてもらえるわけだ」
「ふむ」
「それに、預金保険というものもある。銀行が破綻しても、預金は預金保険によって保護されるよね」
「そうね。だから元本保証なんて言えるってわけか」
「そう。預金保険機構には政府と日銀が三分の一ずつ出資してるから、結局、元本保証を担保してるのは国民の税金なんだよ」
「ギャンブルに失敗しても税金、銀行が破綻しても税金、か。なーんだ、バカみたい」
「だから元本保証なんてことが出来るんだ」
「なるほどねぇ」
「銀行は預かったお金でノーリスクでギャンブルしている、と言えるでしょ?」
「確かに……」