銀行の貸し出しによってお金(マネーストック)が増えることを信用創造と言いますが、その説明には必ずと言っていいほど次のような話が出てきます。
銀行が最初に100万円を預かったとする
預金準備率が10%の場合、銀行は100万円のうち10万円を残して残りの90万円を貸し出すことができる
その90万円は別の銀行に預金される
その銀行は、90万円のうち81万円を貸し出すことができる
その81万円は別の銀行に預金され、そのうち72.9万円を貸し出すことができる
これが無限に繰り返されると、100+90+81+72.9+65.61+……=1000となり、最初の預金の100万円から1000万円にお金が増える
無限等比数列の和により、準備率(1/10)の逆数(10)倍にお金が増えるという説明です。
見事と言うほかありません。
正直に言って、この説明を考えついた人は天才だと思います。
と言っても、経済学者として天才的なのではありません。
手品師として天才的なのです。
信用創造の説明における等比数列の和の話は、手品におけるミスディレクションだということ。
ミスディレクションとは、ディレクション(=方向性)をミスさせる、つまり、観客の注意を間違った方向に向けて、秘密動作や真実から逸らせる技術のことです。
信用創造の説明の中でこの等比数列の話を聞いた人は、数列と計算結果の美しさに注目してしまい、もっと重要なポイントから目を逸らされてしまうのです。
もっと重要なポイントとは何か?
仮に、「100万円から90万円を貸し出し、お金が190万円に増える」というところで話が終わっていれば、聞いた人はどんな疑問を持つでしょうか。
「預かったお金を貸しただけでお金が増えているとは思えない。本当にお金が増えているのか?」
→ 確かにお金は増えています。
「お金が増えているとしたら、誰が増やしたのか?」
→ 銀行です。
「銀行がお金を増やしているというのは、銀行がお金を作っているということか?」
→ その通り。銀行はお金を作っています。
このように考えるのが自然ではないでしょうか。
信用創造というのは一種の手品であり、「銀行がお金を作っている」というシンプルな“手品のタネ”から目を逸らすためのミスディレクションが、等比数列の和の話だということ。
信用創造の説明をする時にこの等比数列の話を出す人は、皆このミスディレクションに騙されてしまっているのです。
そうでないとすれば、その人はタネを理解した上で手品を見せている手品師だと思って間違いありません。