y/x=y/x … (1)
という数式を考えます。
これは右辺と左辺が全く同じですから、xとyに何を入れようが等式が成立する「恒等式」です。
y=2xのような数式なら「方程式」であり、xが決まればyも決まりますが、式(1)はxが決まってもyがどうなるかは分かりません。
式(1)の形をちょっと変えると以下のようになります。
y=(y/x)・x
この数式を見た時、「xとyは比例関係にある」と言う人は居ないですよね。
これもまた「恒等式」ですから、xとyがどんな数値でも等式が成立します。
この式を見てもxとyの関係など分からないのです。
ところが、貨幣乗数論ではこれと同じ式を書いてxとyの関係を論じています。
M=mH … (2)
ここでMはマネーストック、Hはハイパワードマネー(マネタリーベース)、mは貨幣乗数です。
貨幣乗数というのはマネーストックがマネタリーベースの何倍になっているかという倍率のことで、すなわちM/Hです。
従って式(2)は、
M=(M/H)・H
と書いてあるのと同じです。
これは恒等式なのです。
ところが経済の教科書では、この式(2)を見て「Hを増やせば、そのm倍だけMが増える」と言うのです。
そんなことはありませんよね。
Hを増やせばその分だけmが小さくなり、その結果Mには影響しません。
アミューズメントカジノのモデルで考えても、物理チップを増やしたからと言って預けチップ総量は変わりませんよね。
このことをごまかすためなのか、教科書には「貨幣乗数mが安定的に推移するならば」という但し書きをつけた上で、「Hを増やせばMも増える」と書いています。
なるほど、mが変わらないという前提であればHが増えればMも増えるというのはその通りですね。
しかしちょっと待って下さい。
mが安定的に推移する(mが変わらない)というのはどういう意味でしょうか?
m=M/Hですから、これが変わらないということは、Hが増えたら同じ比率でMも増えるという意味ですよね。
ということは、教科書は何を言っているのかと言うと、
「Hが増えたら同じ比率でMも増える」という前提であれば、Hが増えたら同じ比率でMも増える
ということです。
あるいは以下のように言い換えてもいいでしょう。
「HとMに比例関係がある」という前提であれば、HとMの間には比例関係が成立する
……馬鹿なのか。
前提と結論で同じことを言っていますね。
こういうのをトートロジーと言います。
なぜこんな無意味な結論が出たかと言えば、M=mHという数式が方程式ではなく恒等式だからです。
恒等式を眺めて意味を考えてもトートロジーしか出てこないということですね。
念のために言っておきますが、私は「マネタリーベースを増やしてもマネーストックは増えない」と主張したいわけではありません。
マネーストックは増えるかも知れないし、増えないかも知れない。
しかし仮に増えたとしても、それはM=mHという数式によって説明できることでは断じてありません。
なぜならこの式は方程式ではなく恒等式だからです。
y/x=y/xのような数式からxとyの関係を見いだそうとする愚は、もうやめにしませんか?