経済学を疑え!

お金とは一体何なのか?学校で教えられる経済学にウソは無いのか?真実をとことん追求するブログです。

所有は暴力によって機能する

なぜ所有のルールに従うのか

「今回は、前々回に立てた『所有はなぜ機能するのか』という問いについて考えよう」

「所有はなぜ機能するのかって?うーん。そもそも、その問いの意味がよく分からないんだけど……」

「所有のルールでは、他の人が所有しているモノは奪えないし、勝手に使うことも出来ないよね」

「そうね」

「なぜ人々は、この所有のルールに素直に従うんだろうか?」

「そんなの、当たり前でしょ」

「どうして?ルールを無視して人のモノを勝手に奪う人がいたっていいでしょ」

「人のモノを取ったら犯罪じゃん」

「そうだねぇ。でも、人のモノを奪うのは犯罪だから、法律でそう決まっているからという理由で、その法律に素直に従うのかな」

「違うの?」

「賭け麻雀で考えてみよう。お金を賭けて麻雀をすることは、法律で禁じられているよね」

「うん」

「でも実際には、安いレートの賭け麻雀なら警察も見逃してくれる。この場合、麻雀が好きな人はまじめに法律を守って、賭け麻雀をやらないように我慢するだろうか」

「まぁ、捕まらないなら、やるよね」

「そうでしょ。つまり、法律があるかどうかよりも、実際に罰されるかどうかが重要だってことだ」

「たしかに……。そうすると、人のモノを取ったら実際に警察に捕まって、牢屋に入れられちゃうから、素直に従うわけか」

「そうだね。要するに、警察による暴力*1があるから人々はルールに従う。人々が所有のルールに従えば、所有は機能する」

「えっ、暴力……?警察は暴力とは違うでしょ」

「違うとしたら、警察は何だと思う?」

「ルールを守らせるための番人と言うか……。スポーツで言うところの審判みたいなものでしょ」

「なるほど、審判ね。確かに警察と審判は似てる部分があるね」

「そうでしょ。審判は別に暴力をふるってるわけじゃないわ」

「ふーむ。審判の話については一旦おいといて、別のたとえ話で所有について考えてみようか」

「どんな話?」

所有のルールを守らない生徒をどうするか

「学校のあるクラスにやんちゃな男子生徒がいたとしよう。この生徒はクラスメイトのモノを勝手に使ったり取ったりする」

「嫌な奴ね」

「マイがこの生徒に自分のモノを取られたらどうする?」

「取り返す」

「自分の力では取り返せなかったら?」

「んー、先生に言う」

「そうだね。先生に叱られて言うことを聞いてくれれば問題は解決だ」

「うん」

「でも、先生が何度叱っても言うことを聞かなかったらどうする?今度は先生の立場になって考えてみて」

「えー?何度言っても分からないんなら、ビンタでもするかな」

「ほらね。暴力で言うことを聞かせようとするでしょ」

「こんなの、暴力とは言わないし。指導の一環だし」

体罰は暴力でしょ」

「そうかなぁ。うーん、じゃあ、親を呼ぶとか?」

「そうだね。親御さんから叱ってもらって言うことを聞いてくれればいいよね」

「うん」

「もし、親が叱っても言うことを聞かなかったらどうする?今度は親の立場になって考えてみて」

「自分の子供が言うこと聞かなかったら?ビンタするかな」

「ほら。暴力を使うでしょ」

「これは暴力じゃないし。ただの『しつけ』だし」

「同じことだよ。もし、ビンタしても言うことを聞かなかったらどうする?」

「うーん。反省するまで、家の物置にでも閉じこめようかな」

「それも暴力だよね。もし、閉じこめようとしたら抵抗してきて、逆に暴力をふるわれたらどうする?」

「うーん、近所の人とかに手伝ってもらう」

「その人達にも暴力をふるったら?」

「手に負えないわね。そうなったらもう、警察でも呼ぶしかないか……」

「うん。自分たちの暴力で従わせることが出来ない場合は、より大きな暴力によって従わせるしかないよね。それが最終的には国家の暴力、つまり警察ってことだよ」

「ふーむ」

「警察の力は暴力だと言えるでしょ?」

「うーん……」

「所有というルールが機能するのは、最終的に国家の暴力によってルールが強制されているからなんだよ*2

「まぁ、分かるんだけど。警察の力を暴力よばわりするのは違和感があると言うか……」

「そう?」

「警察の力はいわば正義の力であって、暴力とは違うでしょ」

「じゃあ、別の話で考えてみよう」

「ふむ」

暴力団によるシマの所有

「今度は暴力団の話だ。暴力団はシマとか縄張りとか呼ばれる勢力圏を持っているよね」

「ヤクザのシマね。あるわね」

「シマというのは別に土地の所有権を実際に持っているわけではなくて、勝手に『ここはウチのシマだ』と言ってるだけなんだけど」

「そうなんだ」

「でも、シマにある飲食店などから“みかじめ料”と称して実際にお金を徴収している」

みかじめ料ね。あるわね」

みかじめ料は、商売をする場所の使用料だと考えることができる*3。この場所の使用料を実際に取ることが出来ている以上、暴力団はシマを“所有”していると言えるんだよね」

「さっき、土地を所有してるわけじゃないって言ったじゃない」

「もちろん、公的な所有とは別の話だよ。暴力団側はここはウチのシマだと思っている。飲食店側も、ここは暴力団のシマだと思っている。そして、実際にみかじめ料を支払っている。これで十分だ」

「なるほど……。公的な所有とは別の話だけど、事実上、所有というものが機能しているってわけね」

「そうそう。この事実上の所有は、なぜ機能するんだろうか?言い方を変えると、飲食店がみかじめ料を支払うというルールに素直に従うのはなぜだろうか?」

「そんなの、払わなかったら暴力団に何をされるか分からないからでしょ」

「そうだよね。暴力団の暴力が怖いから、素直にお金を払うんでしょ」

「ふーむ、たしかに。暴力団による暴力こそが、シマの事実上の所有を機能させてるってことか」

「そういうこと」

「でも、みかじめ料って用心棒代でもあるんじゃないの?トラブル解決サービスの対価とも言えるんじゃないかな」

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「たしかに、乱暴者の客が店で暴れたりした場合、暴力団に連絡すればやっつけてくれるよね*4。でもそれは、別にサービスとして提供していることではないんだよ」

「どういうこと?」

暴力団がシマの所有を維持するためには、シマの中で自分たち以外による暴力があった場合、それを排除する必要があるんだ」

「なんで?」

「たとえば、ものすごく強い手下を数人従えたA氏という客が店に来て、手下に暴れさせたとしよう」

「ふむ」

「この客の暴力に対して、この店をシマとしている暴力団が何も出来ずに指をくわえて見ていたとしたら、店の主人はどうするだろうか?」

「どうって、困る……。警察を呼ぶかな」

「ここでは警察は呼べないものとしよう。『警察に連絡したら店に火を付けるぞ』と脅されたとかね」

「うーん、困った」

暴力団が何もしてくれないなら、A氏と仲良くした方がマシじゃない?」

「と言うと?」

みかじめ料はA氏に払うことにして、A氏の手下に店を守ってもらう方がマシでしょ」

「あー、そういうこと」

「そうなった場合、暴力団はシマとして所有していたこの店を失うことになるわけだ」

「だから、所有を維持したいなら自分たち以外の暴力は排除する必要があるってことね」

「そういうこと。結局、シマの所有は暴力によって機能する。その意味するところは次の二つだ」

「ふむ」

「一つは、暴力による脅しで金銭を徴収できているということ自体が、所有が機能しているということを意味する」

「うん」

「そしてもう一つは、自分たち以外の暴力を自分たちの暴力によって排除していることによってその所有が守られ、機能し続けるということだ」

「ふむふむ」

「所有なるものを機能させているのは暴力だってことが分かった?」

「うん、まぁ、暴力団のシマについてはそうかもね。でも、法律的な所有の場合は違うんじゃないかなぁ」

「そう思う?じゃあ、暴力団が国として独立したらどうなるか、考えてみようか」

「えっ、そんなことあり得る?」

暴力団(マフィア)が国家として独立したら

「まぁ、実際には国家として独立するのは難しいだろうけどね。でも世界には、マフィアのような組織犯罪集団が実質的に支配していて、政府が介入できないような地域もある」

「あるかもねぇ」

「マフィアが支配しているある地域で、政府は税金を徴収することができなくて、マフィアが地域の住民からみかじめ料のようなものを取っているとしよう」

「ふむ」

「政府の支配下にある本物の警察官は居ない。どこかの店で暴漢が暴れたりした場合は、マフィアに連絡すれば何人か構成員が来て暴漢をやっつけてくれる」

「ふむふむ」

「マフィアの構成員が暴漢をやっつけるのは、間違いなく暴力だよね?国家の法律に従った手順を踏まずにぶん殴るわけだから」

「まぁ、そうね」

「この地域が国家として独立したとしよう。憲法や法律を作って、住民が税金を納めることをルールによって定める。これによってマフィアがお金を徴収することが合法化される」

「ふむ」

「マフィアの構成員の一部は警察官となって、暴漢が暴れた場合には警察官がぶん殴っても構わないことを法律で定める。これによって警察官となった構成員が暴漢をぶん殴ることが合法化される」

「ふーむ……」

「この時、構成員が暴漢をぶん殴るのは、暴力だろうか?それとも正義の力だろうか?」

「警察官として、法律に基づいて殴ってるんだから、正義でしょ」

「そう思う?じゃあ、もしこの国の独立を承認した国家が一つもなくて、当のマフィアだけが『独立した』と言い張ってるんだとしたらどう?」

「それは、国家としての体をなしてないわね。マフィアはマフィアでしかないし、暴漢をぶん殴るのはやっぱり暴力だわ」

「ふむ。じゃあ、この国の独立を承認する国家が何カ国になったら、暴漢をぶん殴るのが暴力から正義の力に変わるんだろうか。1カ国でも承認したら正義になる?それとも100カ国が承認した時点で正義になる?」

「うーん……。よく分からなくなってきた」

「マフィアの力と警察の力、どちらも暴力であることには変わりないんじゃない?」

「そうなのかな」

「マフィアの力は国家によって違法だとされる暴力。警察の力は国家の力であり、国家によって合法だとされる暴力。それだけの違いでしょ」

「ふーむ……」

「マフィアの暴力は、国家として独立して法を作った時点で『違法な暴力』から『合法な暴力』に変わるんだよ。少なくともその国内的には、だけどね*5

「なるほど」

「暴力それ自体は正義でも悪でもない。国家によって合法とされる暴力は、私たちには正義であるように見える、というだけのことだ」

「そうかもね」

「警察の力も暴力であることに変わりないってこと、納得してくれた?」

「分かったわ」

「では改めてこう言おう。『所有は暴力によって機能する』」

「ふーむ。たしかに、そう言えるのかもね」

 

『国家とはなにか』

『国家とはなにか』

 

 

*1:実際には警察だけの力ではなくて、検察、裁判所、刑務所などの力をまとめて国家による暴力と呼ぶべきでしょう。

*2:もちろん、これは所有に限った話ではありませんが。

*3:みかじめ料には場所の使用料(ショバ代)の他にも、トラブルがあった場合に対応する用心棒代などが含まれる、とされています。名目は別にどうでも良いのですが。

*4:警察よりも暴力団に来てもらった方がはるかにスマートにトラブルを解決してくれます。その場で迷惑料を徴収していくらか分けてくれるかも知れません。

*5:他国から国家として承認されるかどうかはまた別の問題です。